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ONIBUS COFFEE (東京):2018年7月 #クラスパートナーロースター

次回の#クラスパートナーロースターは、東京のONIBUS COFFEE。奥沢や中目黒、その他数店舗を展開し、都内はもちろん、京都のカフェなどにも幅広くコーヒー豆を提供している、東京を代表する人気ロースターの一つだ。Kurasuでは過去にサブスクリプションをはじめ様々な機会で交流をさせていただいている。代表の坂尾さんに、改めてお話を伺った。

 

コーヒーとの出会い


「大工の父が働く現場では10時と3時に休憩があって、みんな毎回缶コーヒー。でも、それぞれにこだわりがあるんです。誰はどこの、とか、必ず決まっていて。それを面白いなと思ったのが、一番初めのコーヒーの記憶です。」


大工の父を持つ坂尾さんにとって、現場での風景は身近なものだった。休憩時間の度に、大人たちが各々贔屓する缶コーヒーを選び美味しそうに飲む様子-「コーヒー」という一つの飲み物の中にも、人によって好みがある事を知り、コーヒーへの興味が生まれたきっかけだ。卒業後就職したゼネコンでも、やはり皆が缶コーヒーを飲んでいたと話す坂尾さん。その光景は、彼の目にはもはやひとつのコーヒー文化として映ったのではないだろうか。


その後も休みの日にはカフェ巡りをするなど、コーヒーへの興味を募らせていた坂尾さん。仕事を辞め、バックパックを背負い日本を飛び出した時にも、出迎えてくれたのはコーヒーだった。シドニーではMeccaを訪れ、砂糖を入れなくても美味しいコーヒー、プロのバリスタがクリーミーなラテを作る様子、そしてそのフレンドリーさが強く印象に残った。


次に訪れた東南アジアでも様々な人に出会い、色々な風景を目にするうちに、気が付いた事がある。どこへ行こうかと迷えばカフェに行けば、そこに集う人々が必ずおすすめの場所を教えてくれたり、自分の経験をシェアしてくれるのだ。暖かい地元の人々、様々な顔ぶれの旅行者たち。にぎやかなバックグラウンドは活発に、健やかにコミュニティを作っていた。バックパッカーをしながら、この先どうしようか、自分は何がしたいのか―そんな将来への不安がよぎる心に、カフェという集いの場はまぶしくうつった。


ONIBUS COFFEEができるまで


坂尾さんにとって、自営業という働き方は身近だった。自分も父と同じく自分の力でやって行きたいという気持ちが強かったことに加え、バックパッカーを経て、その思いはより強まったのだという。人が集まってくる場所、どうせなら美味しいコーヒーが出て、コミュニティーが育つような場所を作りたい。そう思ったのがONIBUS COFFEE誕生のきっかけだ。


その当時コーヒーの修行と言えば必ず名前が挙がったのがポールバセット。バリスタやロースターのいわば登竜門のような存在だ。そこで修業を始めた坂尾さんが目まぐるしいスピードでプロとしての知識と技術を身に着け、2年半ほど経った頃に、東日本大震災が起こった。すぐにボランティアに向かおうとしたが、企業に所属する身はなかなか自由にはならなかった。その時感じたもどかしさ、そして後に参加したボランティアを通して人生について改めて考えるきっかけを得たことが、坂尾さんを独立に駆り立てた最後の一押しだったと言える。

 


自由が丘のにぎやかさから15分ほど離れ、閑静な住宅地を抜けると、風景がぱっと開け、素朴な線路と小ぢんまりとした奥沢の駅がある。その線路と駅をのぞむ奥沢店が、ONIBUS COFFEEのスタート地点だ。板張りの壁やグリーンが暖かい雰囲気の店内。道の向かいの線路沿いには薄い水色のペンキを塗ったベンチがある。訪れる人々は各々好きなところに腰かけ、ゆっくりとした時間と会話をコーヒーと共に楽しむのだ。


今回インタビューのために伺ったのは、あまりにも有名な2つ目の店舗、中目黒店だ。こちらも駅から歩いて数分だが、少し奥まったところ、小さな公園の隣に建っている。日本家屋を改装した店舗には、奥沢店とはまた少し違った素朴さや暖かさが感じられる。コーヒースタンドといったようないでたちだが、緑に囲まれたシーティングエリアや2階のスペースなども充実している。バリスタ達が和気あいあいと働く姿や焙煎機を間近に見ながら、まるで友人の家の庭で過ごしているような気持ちになれる場所だ。


中目黒店がオープンした当初は、周りにはカフェは2店舗ほどしかなく、やや静かな印象だったエリアだが、ONIBUS COFFEEを追うように今ではどんどんと新しい店がさまざまなジャンルでビジネスを展開し、賑わいを見せている。自分の力で、目が届く範囲で、納得のいくコーヒーを出す。そしてそこに人々が集い、コミュニティとなる―坂尾さんの描いた夢は、現実となった。


ONIBUS COFFEEの焙煎


自分の店を持つなら自家焙煎を出す、そう思い、限られた予算の中で初めに購入したのが、フジローヤル。ポールバセットで磨いた腕を活かし、早速焙煎を始めた。影響を受けたのはStumptown、Intelligentsia CoffeeやTim Wendelboe、そしてMarket Lane、MeccaにSingle O―彼らの表現する鮮やかで透明感のある味わいと華やかなアロマは日本の焙煎にはない魅力があった。試行錯誤を重ね、焙煎機もディードリッヒに変えて、ようやく自分がイメージしている味に大きく近づけたと坂尾さんは話す。


毎日行うカッピングでは、味がしっかり出るものだけを厳しく選んで店頭に出す。「最近では、厳しく見すぎて美味しいなと思うものがない時もあります。妥協をしないで突き詰めていく、これをしなければ、すぐに雑味となって現れます」と話す坂尾さんは、同業者のカッピングにも頻繁に顔を出し、目まぐるしく進化する業界の感覚を時にはGoogle翻訳も駆使して自らをアップデートしている。品質のスタンダードを常に高く保つ秘訣だ。

 

 

コーヒー豆の選び方


ONIBUS COFFEEで提供しているのは、エスプレッソブレンドとシングルオリジン。現在は3-5種類、良い豆を多く仕入れて年間を通して提供することで、安定した販売形態を保っている。


農園との関わりを重視するのも世界では常識となりつつある―坂尾さんも5年前から農園に足を運んでいる。ダイレクトトレードが目的と言うよりも、誰がどういった環境で作っているのか、その事実を自分の目で見て、帰ってきて伝えるという作業を大事にしているのだという。

農園ではカッピングを行い、実際の購入自体はインポーターを通して行う。それぞれに持ち場があり、自分たちの役割は営業と豆の選定、というスタンスだ。

 

これからのONIBUS COFFEE


「これからですか?どうしていきましょうね」と、笑う坂尾さん。たった一人で始めたコーヒー屋さんは、今では15人のスタッフと複数の店舗を経営しながら卸売りなどを通して全国に多くのファンを持つロースターに成長した。


定期的に行う社内勉強会で、毎回共有する企業理念があるという。人と人をつなげること、農園、生産者と消費者の関係を向上させること、そして、バリスタの地位向上だ。バリスタを一時的な職業ではなく、10年、15年と、彼らがライフステージの変化を迎えても安心して続けられるような職業にしたい、そう考えているのだ。そのためには常に仕事を生み出していくこと、それと同時に信頼されるサービス・商品のクオリティを保つ事とのバランスをとる事の2つを意識する必要がある。


大きなマーケットに受け入れられるビジネスとしての成功と、クオリティを突き詰める事の成功とでは定義が違うのだと坂尾さんは言う―「マスに売ろうとすると美味しさを突き詰めない方がいい時もあるのかもしれませんが、それはできない。こだわって、美味しいのを作っていこうかなと思っています。」これからも、もっと色々な場所で、変わらず美味しいONIBUS COFFEEに出会うのが楽しみだ。