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Kurasu Journal

Tag: Kurasu Coffee subscription

townsfolk(石川): 2021年8月 Kurasuパートナーロースター

今月の #クラスパートナーロースターは石川県金沢にあるtownsfolk coffee。 オーナーの鈴木さんは大学卒業後商社勤務、ITベンチャーを経て、NOZY COFFEE(東京)、Prolog Coffee(デンマーク・コペンハーゲン)にてバリスタ兼ロースターとして経験を積み、2020年7月にお店をオープンされました。       お店のコンセプトとして「Specialty coffee bar and roastery with Nordicstyle」を掲げ、焙煎のアプローチや、抽出のスタイルなどに、北欧で学んだ技術や哲学が光ります。       中でもコペンハーゲンのコーヒー文化にとても良い影響を受けたという鈴木さん。立場に関係なく、生活のどんなシーンでも、皆が当たり前のように同じコーヒーショップを利用する光景に感銘を受け、お店の雰囲気も含めその部分をとても大切にされています。 お店の名前、townsfolk には「町民・町の人」という意味があり、町の人々に愛される、生活に寄り添うような場でありたいという鈴木さんの思いが込められています。       お店を構える金沢には、まだまだスペシャルティコーヒーのお店は少なく、ここでスタートすることが大切だと語る鈴木さん。 金沢でコーヒーの魅力を届けたい、まだスペシャルティコーヒーのことを知らないお客様に知っていただき、新しい発見、驚き、面白さを届けたい、という熱い想いを持っていらっしゃいます。 「皆さんの元に届いたコーヒーは、自分自身の思う”美味しい”を詰め込んでいます。なので素直に、難しいことは考えずに普段通りに楽しんで」と語る鈴木さん。インタビュー中、話される言葉からとても優しいお人柄を感じました。   townsfolk coffeeの前には緑が美しい公園があり、そこでコーヒーを楽しむこともできます。 金沢にお越しの際はぜひ、townsfolk coffeeでコーヒーを飲み、町歩きを楽しんでみてください。   Photo by Nik van der Giesen 

Gluck Coffee Spot (熊本): 2021年6月 Kurasuパートナーロースター

今月ご紹介する#クラスパートナーロースターは、熊本のGluck Coffee Spot。 熊本の中心地に2017年にオープンした本店のGluck Coffee Spot、パティシエが創り出す焼き菓子とコーヒーのペアリングを提案する姉妹店、licht coffee & cakes (リヒト コーヒー&ケークス)、そして焙煎所と、3つの店舗を切り盛りするのはオーナー、ロースターの三木さんだ。   コーヒーとの歩み 自家焙煎経験ゼロからスタートしたという三木さん。お店を始める前は、アパレルショップの一角にあるバーカウンターでコーヒーを淹れていたそう。そこで提供していたのは熊本の有名店、AND COFFEE ROASTERSのコーヒー。彼らのコーヒーは、三木さんのスペシャルティコーヒーとの衝撃的な出会いをもたらした事でも思い出深い味だ。     熊本城にほど近い古民家をリノベーションした本店は、年月を重ねた木の温かみが感じられる居心地の良い空間。2019年にオープンした2店舗目のlicht coffee & cakesは、熊本駅前の便利な立地で、同じく木材を基調にした内装だがよりすっきりとモダンな印象だ。去年オープンしたばかりの焙煎所は、本店から車で30分程度走った所、住宅地の一角にある。広い空間に、コーヒー器具が並び、プロバットの5㎏窯がどっしりと厚みのある存在感を放っている。 「個人的には浅煎りのフルーティーなコーヒーが好き」と話す三木さんだが、お話を伺っていて興味深かったのが、店舗によってガラリと変えた雰囲気と、それに合わせた業務形態の違いだ。     「提供するコーヒー豆は店舗ごとに使い分けているんです。2店舗目のリヒトにはパティシエがいて、お菓子とコーヒーのペアリングを提案するカフェに特化した形で営業しています。来てくださるのは20代前半の若い方たちが中心で、ラテなどエスプレッソベースのドリンクが人気です。フィルター抽出の注文との割合は7:3ぐらい。ところが本店はほぼ真逆で、フィルター抽出が中心によく出ます。来てくださるのは高校生〜年配の方まで幅広い層。同じ熊本で、地域が同じでもこれほど違いが出るのは面白いですね」と三木さん。 お店をはじめたばかりは深煎りを求めてやってくる人が多く、今でも幅広い好みに合わせて楽しんでもらえるように、中煎りと深煎りのブレンドも提供している。   Gluck Coffeeの焙煎 三木さんが焙煎するコーヒーを表現するキーワードは、「クリーンカップ」と「スイートネス」。信頼するインポーターから買い付けた豆を、まずは浅めに焙煎し、カッピングと微調整を繰り返しながら、ホットで飲んでも、アイスで飲んでも、更には水出しでも美味しいGluck Coffeeの味に仕上げる。 「焙煎も抽出も、スイートな印象に作り上げること、口当たりもよく甘くて、冷めても飲み心地がいいカップに仕上げる事を心がけています。また、抽出器具でガラッと印象が変わらないのもGluck Coffeeブランドのコーヒーの特徴です」と三木さんは説明する。 現在は産地からダイレクトトレードを行っている九州のインポーターから豆を仕入れている。現地の情報をリアルに伝えてくれるので、扱う豆や産地、生産者に親近感を持って接する事ができるのが魅力だという。     熊本と三木さんのこれから 大分出身だという三木さん。「熊本のいいところは?」と伺うと、大きすぎず小さすぎず、規模感が良いところ、流行りに敏感な県民性、そして食材が美味しくご飯が美味しい所、と教えてくれた。 「カフェは多いのですが、自分の世代で、というと熊本はまだ(コーヒー屋さんが)少ない。地元への愛着が強い人が多い熊本ですが、若い人たちがコーヒーをやりたいなと思っても地元で働く場所がないのが現状です。九州なら福岡に行くのがほとんどですね。 熊本にも少しずつお店が増えたら、働く場所が増えるし、そうすることで熊本出身のバリスタもちょっとずつ育てていけたらいいな、と思っています」と三木さんは話す。 今後の展望としては、技術向上、そしてより深く素材を理解すべく、自分でも産地へ行ってみたいそう。「自ら買い付けをするとなるとそれだけ消費量も多くならなければいけない。お店を始めて5年目になるけれど、ここからどうしようかと話し合っています」という三木さんの眼差しは、未来へ向けて輝いていた。 Gluck は、ドイツ語で「幸せ、幸福」を意味するという。様々な人々の好みやライフスタイルに柔軟に寄り添う三木さんは、これからも、熊本を愛する人々、そして日本中、世界中へ幸せを届けてくれることだろう。  

ABOUT US COFFEE (京都): 2021年4月 Kurasuパートナーロースター

今月の#クラスパートナーロースターは、京都のABOUT US COFFEE (アバウトアスコーヒー)。2019年10月にオープンした比較的新しいコーヒーショップだが、コンセプトやコーヒーに出会いにやってくるお客様への接し方など、考え抜かれ提供されるコーヒー体験とおしゃれなインテリアですでに多数のファンを持つお店だ。人気のコーヒー系YouTuber、カズマックスさんのブレンドも手がけている。今回は、そんな新進気鋭のロースター、店主の澤野井さんにお話を伺った。   「お店はキャンバス。来てくれるお客さんや、コーヒーを淹れるスタッフがこの空間にいてくれることで完成する場所」   京阪伏見稲荷駅から徒歩4分ほど歩いたところにあるABOUT US COFFEE。隣接しているのは京町家を改装した宿、「稲荷凰庵」と、風情のある小道へ大通りから一本入ったところに店舗がある。「白いキャンバスのようにしたかったんです。お客さんやスタッフがこの空間にいてくれることで、絵が完成するような」と澤野井さんが説明してくれた店内に入ると、一階はモノトーン、二階のイートインスペースは雰囲気が変わって白を基調にしたラグジュアリーな空間。近隣の大学に通う学生たちを含め、比較的若い世代が素敵な空間と美味しいコーヒー、フードを楽しみに訪れる。   焙煎機はディードリッヒの2.5kgを使い、品揃えは浅煎りを中心にシングルオリジンの深煎りまで、常時6種類程度を提供している。   「深煎りやエチオピアのナチュラルが人気です。エチオピアだから、というわけでもなく、まだどんなコーヒーが好きか分からないという方が、あっ、美味しい、好き、とおっしゃる事が多いです。僕もはじめエチオピアから入った事もあってやっぱりエチオピアは強いなぁと思います。個性のあるコーヒーを色々と揃えていますが、コーヒー、と聞いて思い浮かべる味わいはやはり苦みなのか、深煎りもよく出ています。パティシエのスタッフも新しく入ってくれたので、浅煎りの美味しさもどんどん伝えられるように、新作のお菓子ではペアリングについても考えています」と、澤野井さん。   コロナ禍、オンラインでつかんだ新たな道筋   コロナウイルスの影響でやはりカフェを訪れる客足は減ったと話す澤野井さん。去年の四月には、家賃と固定費を払い、スタッフにお給料を渡すと何も残らない、というところまで売り上げが落ち込んでしまったという。色々な方法を模索する中、オンラインストアをオープンした。さらにYouTuberのカズマックスさんのブレンドを手がけたところ、一気に100㎏分ほどの注文が。   「YouTuberの力はすごい、本当にそう思いました。オンラインストアをはじめたばかりでいきなり大量の焙煎や注文管理、発送作業に対応したことで、色々と課題点も見えてきました。どうしようかと思いましたが、大量に焙煎する時の品質の安定、そして更に向上させることも含め、早い段階で色々な課題がしっかり見えて、レベルアップできたので良かったと思います。今後ロースターとしてしっかり認知されていくにあたって、客観的な基準というか、肩書にも拘っていきたいと思います。Qグレーダーの資格は持っているのですが、さらにJCRC(ジャパン コーヒー ロースティング チャンピオンシップ)などの大会にも挑戦していきたいです」、そう澤野井さんは当時を振り返る。   全く違う業界からコーヒーの世界へ   「自己表現が苦手で、言葉以外で表現できる手段が洋服だった」と話す澤野井さんは、ABOUT US COFFEEをオープンする前は、ハイブランドの販売員をつとめていた。   銭湯を営む家で育ち、自営業という環境が身近にあった澤野井さん。いずれは自分もお店を、と思っていたという。洋服が好きで、自然とファッションの道へと進んだ。洋服に込められたデザイナーの想いやコンセプトを知り、その魅力を顧客に伝える仕事は充実したものだった。個人でもファッション関係のインスタグラムのアカウントを運用し、一時期はフォロワーが8千人ほどいたこともあるという、天性のストーリーテラーだ。   しかし、自分で何か事業を、と考えたとき、澤野井さんが選んだのはスペシャルティコーヒーだった。「社会人になるまでコーヒーは飲めなかったです。勉強のため、眠気覚ましのために飲む苦いものだと思っていました。でもある時LiLo Coffee Roastersさんでラテを飲んで、そのフルーティーさにびっくりして。ラテからこんなベリーの味がするんだ!と思いました。そこを入り口に、コーヒーの特徴やフレーバーにも興味を持って、ブラックコーヒーも飲むようになりました」と振り返る澤野井さん。   自分でも美味しいコーヒーを淹れられるようになりたい、そんな気持ちが高じて、食に関わるプロを育成する専門学校、レコールバンタンに入学。バリスタ、抽出の基礎的なコースを選択し、その後さらに深くコーヒーを学ぶため、続けて焙煎のコースを受講した。   「京都にはコーヒー屋さんが多いし、その中でも自分なんてまだまだ、と思います。でも、たくさんあるからこそ巡ってくれる人も多いだろう、と考えて出店を決めました。カフェ巡りをする中で、うちが候補の一つになってくれたら、そして来てくれた時に、期待値以上のものを出せたら自然と口コミなどで広がっていくだろう、と考えています。」そう話す澤野井さん。   自分でお店を立ち上げる、と考えた時、アパレルのセレクトショップをするのも何か違う、と思ったという。だからといって、自分で洋服を作れるか、というとその部分は専門ではない。それまで澤野井さんが積み重ねてきたスキルというのは、顧客と話し、ブランドのストーリー、デザインの後ろにあるものを伝える事でその人と商品とのマッチングをすることだった。    「そういう意味で、生産者のストーリーがあって、豆に個性があって、自分も面白い、美味しいと思うものを紹介していくスペシャルティコーヒーショップが良いと思ったんです。 だからコーヒーショップって、基本的にアパレルのセレクトショップと同じだと思っています。来てくださる方にマッチするコーヒーが見つかるように、色んな産地や品種、プロセスが並ぶように心がけています。Qグレーダーの視点から、客観的にポテンシャルが高そうなもの、ラインナップがかぶりそうじゃないもの、甘味がしっかりあるもの、など、幅広いタイプのコーヒーを提供しています。」と、澤野井さん。   自らのスペシャルティコーヒーとの出会いを振り返ったとき、澤野井さんにとっての「正解」は、エチオピア、浅煎りのフルーティーな味わいだった。けれど、他の人にとっての正解はまた違うかもしれない。そう澤野井さんは言う。だからABOUT US COFFEEでは、豆の多様性、焙煎度合いの多様性を大切にしながら、豆の個性が出やすい浅煎りの魅力も伝えられるように力を入れている。   「店内をキャッチ―なデザインにしたこともあって、若い世代の方が多く来店されます。コーヒーが飲めない、という人がいらした時にコーヒーを好きになるきっかけになれるよう、まずはコミュニケーションをしっかりとって、どんなコーヒーをお勧めするのがいいかをきちんと見極めます。例えば、苦いのが苦手、といっても、その”苦い”にも色々ある。焦げたような苦さか、レモンの皮を噛んだような渋さか。人によっては、その”苦い”は”酸っぱい”かもしれない。あとはその日の気分でも飲みたいコーヒーって違いますよね。安心したい気分か、挑戦してみたい気分か。その辺りも、試飲やヒアリングしながら接客を進めます」澤野井さんはそう説明する。...

辻本珈琲(大阪) : 2020年3月#クラスパートナーロースター

今回ご紹介する#クラスパートナーロースターは、辻本珈琲、又の名を「株式会社すてきなじかん」。五代目として日本茶屋に生まれた辻本さんがコーヒー事業を立ち上げたきっかけとは。 そしてコーヒーがもたらす「すてきなじかん」の思いとは。インタビューを通して伺った辻本さんの想いを紐解いていく。 老舗の日本茶業からコーヒーの世界へ 幼少の頃から、5代目として家業を継ぎたいと思っていたという辻本さん。しかし大人になった頃には、日本茶産業を取り巻く環境や、世の中の流通の仕組みがすっかり変わっている事に気が付いたのだという。そんな時に縁があり始めたコーヒードリップバッグの製造・販売業だったが、東日本大震災をきっかけに、コーヒーは辻本さんにとって大きな意味を持つものになる。 「お陰様で全国にお客様がいらしたのですが、震災の後、東北のお客様方としばらく連絡がつかなくなったんです。数ヶ月後にご連絡をいただいて、『連絡ができていなくてすみません、大切なものをたくさん失ったけれど、コーヒーがあったことでなんとか支えられていました』と。その時に、コーヒーってこんな風に、支えや気持ちの切り替えになるものなんだと気づいたのをきっかけに、惹かれていきました。それ以降、コーヒーの風味や品質自体にもどんどん興味が湧いて、SCAJに参加したりして。スペシャルティコーヒーにもそうして出会いました」そう辻本さんは振り返る。     辻本珈琲の焙煎 ドリップバッグの製造歴ははや16年という辻本さんが自家焙煎を始めたのは、今から3、4年前の事。それまでは仕入れたコーヒーを加工していたが、出荷量が増え、次のステージを見据えた時に、原材料ともっと近い所で品質管理にも携わりたいと考え、焙煎を開始した。 はじめに使っていたのは直火式焙煎機で、ガス圧は低め、ダンパーはしっかり閉め、4㎏窯に対して3㎏のコーヒーを入れて、30分弱の時間をかけてしっかり火を入れる焙煎をしていた。しかしその内に浅煎りのコーヒーのフローラルなアロマや爽やかな酸味にも興味を持ち、様々なセミナーに参加し新しい焙煎方法を模索したという。 昨年、ローリングスマートロースターも加え、焙煎方法もより素材の良さを失わないように取り組んでいる。 「数年前に受けたデンマークでローリングを使用するMichaelさんのセミナーでは、トータルタイムが味に大きく影響すると教わりました。カッピングで検証したら本当にフレーバーが全然違ったんです。窯から出す温度帯が同じでも時間が違えば味が違う。それ以降は自分でも試行錯誤を重ねています。例えば、直下式焙煎機4kgでしたら特性上ダンパーを開けすぎると火力が負けるので、はじめはダンパーを閉め気味でしっかりドラム内にエネルギーを伝え、メイラードに入るときから少しずつ火力を落としていき、さらにダンパーも開けて対流を加える、といった微調整をしながら焙煎をしています。ハゼのところから特にロースティにならないよう注意しています。今は浅煎りだと10分くらいを目安に焙煎しています。」と辻本さん。     “すてきなじかん”  辻本珈琲といえば、カフェのメニューにはずらりと魅力的な選択肢が並び、オンラインショップではスペシャルティーのシングルオリジンや、ブレンド、デカフェや、色々なパンに合わせて楽しめる「ぱんじかん」など、幅広い商品展開が印象的だ。「ここまで多くなったのは成り行き」と笑う辻本さんだが、新しいコーヒーに出会うたびに、こんなものがあるのか!と新鮮な驚きを感じ、その面白さをお客様やスタッフと共有したくなるのだという。 「コーヒーってスイッチのようなもの。気持ちを切り替える役割があって、一旦自分をリセットしてくれるような存在だと思っています。『雨あがりのじかん』というドリップコーヒーがあるのですが、それもそんなコーヒーへの思いを表現したものです。ある時偶然立ち寄ったお店で、店員さんが常連さんらしき方をお見送りする所に居合わせたことがあったんですが、店員さんが扉を開けながら『あ、雨やみましたね』とお声がけをしていて。その時にぱっ、と切り替わった雰囲気が、コーヒーを飲む前と飲んだ後の気持ちに似てるな、と思ったんです。そんな瞬間から、僕らのコーヒーがうまれることもあります」そう辻本さんは話す。「モノとしてのコーヒーではなくコーヒーを通して始まる“すてきなじかん”」を届けたいというモットーが息づいているのが感じられるエピソードだ。     通信販売だからこそできること  2005年に楽天市場を通しても通信販売をスタートさせた辻本珈琲。元々はカフェのオープンに備える段階として、より多くの人々へ自分たちの商品を知ってもらいたい、楽しんで飲んでもらえたら、と始めた通信販売だったが、始めてみると意外な発見があった。 「関西の店舗だけでは決して出会うことのなかった、青森、東京、九州のお客様にも通信販売を通して見つけていただけて。対面の方が実際にお目にかかれて良いような気がしますが、お届けするまでのご案内を含めたやり取り、お届けした後のフォローやお客様からのフィードバックなど、通信販売なら何度もコミュニケーションをとる機会があるんです。それに気づいてからはより一層、今あるプラットフォームでできる事をしっかりとやっていくことを心がけています」と話す辻本さん。届いた時の感動を体験してもらえるよう、梱包チームにも「お客様の顔は見えないけれど、いつも目の前のお客様のために包んでいるような気持ちで。大事な友達に送るような気持ちで梱包すれば、絶対に伝わるものがある」と日々話しているという。     これからの辻本珈琲  しばらくは通信販売をメインに提供できるサービスをより充実させていきたいと考えている辻本さん。飲食店など、コーヒーがメインでない場でももっと美味しいコーヒーが飲めるような環境づくりに貢献したいとも考えている。「旅行も好きでよく行くんですが、色々な場所の宿や観光施設などとも協力して、旅先で過ごす時間に寄り添うコーヒーもお届けできれば、そう思っています」と辻本さんは微笑んだ。 人々の生活スタイルやコミュニケーションがより多様になるにつれ、これまでとは違った様々なニーズも生まれている。その中で核となる価値観や、人と人とのやり取りであるという基本はそのままに、しなやかな成長を遂げてきた辻本珈琲は、コーヒーに限らず、私たちのこれからの道のりの、豊かな可能性を示してくれている。  

明暮焙煎所(神戸) : 2020年2月#クラスパートナーロースター

今月ご紹介する#クラスパートナーロースターは、兵庫県・神戸に店を構える明暮焙煎所。 いつも家族連れで賑わい、地元の人々に愛される焙煎所兼カフェは、今年でオープン3年目。店主の田村さんに、これまでの道のりと、これからのお話を伺った。   明暮焙煎所ができるまで 元々は舞台役者としてキャリアを積んでいたという田村さん。学生時代から、何かを表現するという行為に魅せられ、役者の道に進むことを決めた。上京し、事務所に所属しながら養成所に通った。「台本の読み込みや打ち合わせなど、とにかく読み物がすごく多いんです。それで毎日のようにカフェを使っていました」と田村さんは振り返る。初めは大手チェーンに通っていたが、次第にあまりの人の多さと、忙しない空気に心が休まらない事に気がついたという。自らと向き合い続ける役者という仕事と、その道を進んでいるがための不安、そしてストレス。田村さんの足は、自然と個人経営の喫茶店へと向かうようになった。落ち着いた、静かな空間で迎えてくれるマスター。丁寧に淹れてもらった一杯を、じっくり味わいながら会話に癒される場所。そこにはどこか、芝居を作り上げる姿勢、劇場という空間に世界を形成する技術に通じるものがあった。 30才を迎え、ライフステージの変化も視野に入れ始めた頃、表現する場が誰にでも平等に与えられているわけではない、という事実について改めて考えたという田村さん。しかし、その場というのは演劇だけとは限らない。人が表現し、作り上げる空間には、もっと色々なものがある。夢を追う日々、疲れていたり、落ち込んでいたり、作業に没頭したい日だったり、そんな色々なものを抱えて訪れても、全て受け止めてくれた場所。そんな場と、それを作っている人が、癒しをくれて、コーヒーを美味しくしてくれた。そういうものを自分で作ってみたい-そうして田村さんが選んだ新しい舞台が、カフェという空間だったのだ。 恩師たちとの出会い 神戸に戻り、カフェをオープンすると決めてからは、ひたすらに勉強の日々が続いた。一から自分の手で表現したいという思いから、焙煎も全て自分で行うと決めていた。それだけに、学ぶべき事は多かった。 飲めば焙煎した人の人柄まで分かるような、そんなコーヒーを作りたい。それが実現できると教えてくれたのが、みなと元町のヴォイスオブコーヒーとの出会いだったという。 「イエメンのコーヒーを飲んだらそれがとっても甘くて、人柄が思いきり出ているような味で。すごくオープンマインドな、自分が持ってるものは全部教えるという方で、すごくお世話になりました」と田村さんは話す。富士珈機のセミナーに通いつめ、そこで焼いたものを持ち込んではカッピングをしてもらい、自宅に帰れば鍋を使って爆ぜの様子を研究した。 その後、ハーバーランドで開催されたイベント「コーヒーと映画」で、田村さんはもう一人の恩師に出会う。生豆・焙煎豆の販売から機器の販売、セミナーまで幅広く手がけるマツモトコーヒーの松本氏だ。生豆の仕入れ先を探していた所へ訪れた出会いで、コーヒー生産・消費の過程における、人を大切にする姿勢も共通するものがある。田村さんは早速相談に訪れた。それ以来松本氏は、焙煎やカッピングなど、大切な技術を惜しみなく教えてくれる師匠のような存在だ。 形を変えて紡がれる田村さんのストーリー それから4年ほど働きながらコツコツと資金を貯め、ついに明暮焙煎所はオープンの日を迎える。「準備期間はひたすら勉強、でしたが、スペシャルティコーヒーがとにかくおもしろかった。特に、それぞれの豆に生きたストーリーがある所が好きですね。マツモトコーヒーは産地から直接生豆の買い付けをするので、生の声を拾ってきたものに触れられるんです。コーヒーを理解し、焙煎する際のストーリーの必要性って、芝居をやっていた時の考え方と同じで。どう台詞を読むか、というだけではない、自分で納得しているからこそ出てくるものには、ストーリーが必要なんです。それを理解した上で焙煎するのが大切だと考えています」と田村さんは話す。  「自分にしかできないコーヒーって何だろう?と考えた時に、コーヒーの存在感がまだない場所でやりたいと思いました。一から、コーヒーの魅力を知ってもらいたい。そんなコンセプトで、明かりを灯す、暮らしの中に入っていくコーヒーを作る。そういう意味を込めて、この名前をつけました」そう説明する田村さん。  今では親子連れが多く訪れ、時には3世代の家族が訪れるという明暮焙煎所。地元の暮らしにしっかりと馴染んだ店に成長した。3年の時の流れの中で、来てくれる子供達も大きくなった。ここで店を続けるという事には、ただビジネスを続けていくだけではない、人と人との濃密な時間を積み重ねていく事なのだ、そう実感している。  明暮焙煎所のコーヒー 明暮焙煎所では、ブレンドが5種類とシングルオリジンが7種類の合計12種類からコーヒーを選ぶことができる。ブレンドはそれぞれ、田村さんがフレーバーや時間帯をイメージして作り、名前をつけている。 「中煎りとして売っているのは、他に比べれば浅煎りに近いと思います。町の流れに合わせていきながら、浅煎りをもっと増やしたいですね。目指しているのは、浅い所から深い所まで幅広く、でもとにかく優しいコーヒー。バン!と派手な感じではなく、毎日に馴染むような味。浅煎りを買いに来てくださるのは若い方が多く、全体では中深煎りや深煎りがよく売れます。酸っぱいものはちょっと、というのがまだ根強いですね。ですが、最近は浅煎りに興味を持ってくださる方も増えて、確実に流れは変わって来ているな、と感じています」そう田村さんは説明する。  焙煎機はフジローヤルの半熱風式。無理なカロリーを与えず、とにかく優しく仕上げるのが田村さんの焙煎のポイントだ。操作も最小限に抑え、豆に無理のないように味わいを引き出しているという。「これからも他のロースターさんから学び続けて、幅広く消化して勉強していきたいです」と、意欲を見せた。 これからの歩み 今後はイベントなどにも時折参加しながら、あくまでも自分たちの町の暮らしのリズムを大切にしていきたいと言う田村さん。「同じ場所で続けていると、その限られた中で正解を見つけようとして、どんどん頭が固くなっていく怖さがある。そういう時にイベントに出ると、気付かされることがすごく多かったりするんです。自分たちの表現をもっとしていく場として、イベントに出ていくのもいいかも、と思っています」と話す。 産地を見にいきたいという思いも強くなる一方だ。文字だけでは伝えられない、目で見て、体で感じた匂いを町の皆に共有したい。そんな想いがある。明暮焙煎所で飲むコーヒーが、初めてのスペシャルティコーヒーだという人も少なくない町で、人々のリズムに合ったコーヒーの飲み方、伝え方をこれからも模索していく。セミナーなど、やりたい事も山積みだと目を輝かせる田村さん。これからも明暮焙煎所は、日常の中の特別な時間を等身大で楽しめる、そんな場を人々に提供していく事だろう。  

Goodman Roaster Kyoto (京都) : 2020年1月#クラスパートナーロースター

2020年第一回目の#クラスパートナーロースターとしてご紹介するのは、京都のGoodman Roaster Kyoto。台湾の阿里山で栽培されているコーヒーを主に専門で扱うロースターだ。オーナーの伊藤さんは、旅行で訪れた台湾で阿里山コーヒーの可能性を見出し、空港の片隅、「下敷き一枚」の販売スペースで、異国でゼロからの挑戦を始めた。現在では台湾で2店舗を経営し、現地のコーヒーカルチャーを動かしているGoodman Roaster。昨年11月に、日本一号店となる京都店がオープンした。言葉がわからない、初めて住む場所、台湾。そこで文字通り身一つでスタートし、台湾から日本、京都へと旅を続けてきた伊藤さんーその道のりには、いつも背中を押してくれた恩師の言葉と、家族の支えがあった。 阿里山コーヒーとの出会い 東京で生まれ、最初のキャリアはアパレル業界でスタートしたという伊藤さん。25歳の頃に、かねてから強く憧れ志望していたスターバックスに入社した。そこから5年間、主に都内の店舗でバリスタとして経験を積んだ。 「スタバでは、エンターテイナーとしての技術、そしてホスピタリティについてとてもたくさんの事を学びました」そう伊藤さんは話す。しかし、大企業特有の不自由さや閉塞感、マネジメントに徹する店長への昇進のオファーなどが、次第に伊藤さんの心をバリスタという仕事へ向き合う純粋な姿勢以上に圧迫するようになってきたという。 このまま働いていても、コーヒーの生産から消費までのほんの一部しか見ることができない。もっとコーヒーについて知りたい、色々な経験を積んで、接客技術の幅も広げたい。そう考えるようになった伊藤さんは、「日本から一番近く、真剣にコーヒーを栽培しているのは台湾」と友人から聞いたのをきっかけに、台湾のコーヒーの産地である阿里山を訪れた。「山に行った時に、そこで採れたコーヒーを浅煎りで、サイフォンで淹れてくれたんです。浅煎りを初めて飲んだのがその時で、サイフォンで。衝撃を受けました」と、伊藤さんは今も鮮やかに心に残っている瞬間を振り返る。阿里山コーヒーとの出会いだ。 恩師との出会い さて、伊藤さんには、若い頃から尊敬し、著作は全て読んでいるという憧れの人がいた。クールジャパンなどの旗振り役を務めた、伊勢丹の伝説的なバイヤー、故・藤巻幸夫氏だ。そんな憧れの人が、偶然伊藤さんの勤務していたスターバックスに訪れた。「思わず声をかけた」と伊藤さんは言う。面白いやつだ、と気に入られて以降氏との親交は続き、それに伴って伊藤さんの旅路も大きく変化することになる。 藤巻氏との出会いから1年後、JRとの協賛企画であり<日本発信>をテーマとしたコンセプトショップ、「Rails 藤巻商店」のオープンに際し、伊藤さんに声がかかった。伊藤さんは藤巻商店の一員として店に立ち、休日には藤巻氏と日本全国を巡って焼き物、食品、着物と日本の名品をキュレートする旅に出た。 2年ほどが経ち、藤巻氏の政界進出を機に、Rails 藤巻商店は店をたたむ事になる。ちょうどその頃、以前の訪問以来連絡を取り続けていた台湾の農園からも閉業の知らせが届く。何とか続ける方法はないか。そんな思いで、当初は日本への卸売のルートを確立させようと考えた。しかし海外で事業を行うのは、大きな賭けだ。相談する人皆に反対されたアイデアだったが、藤巻氏だけは賛成してくれた。藤巻氏がいつも言っていたのが、「日の目を見ていない商品に、スポットライトを当ててやれ」。今回も、やってみろ、と背中を押してくれたのだ。   いざ台湾へ そうして台湾行きを決断した伊藤さんだったが、何しろ言葉が分からず、資金もない。手始めに、シェアロースターを借りて阿里山コーヒーの焙煎を始めた。しかし中国語が話せない為に、現地の人々相手に商売ができない。さらに阿里山コーヒーと言うと、地元の人々の間では「あまり出回っておらず、サービスエリアで飲むようなコーヒー、とにかく高い、まずい」という不評がすでに根強く、あの日阿里山で飲んだ浅煎りの美味しさを伝えられるようになるにはあまりにも道のりが険しい。 そこで頭を絞った結果、羽田空港からの定期便が発着する松山空港で、日本人旅行客をターゲットにコーヒーを売ることを思いついた。 知人のつてで免税店のバイヤーを紹介してもらい交渉した結果、「日本行きのゲートのエリアで、1ヶ月だけ契約、売り上げの50%は免税店に」と言う約束で販売できる運びとなった。割り当ててもらえたのは、下敷き一枚ほどの小さなスペース。そこで試飲販売をしながら、焙煎した阿里山コーヒーを売り始めた。 家族も共に移住して、子供も生まれたばかり。絶対にこのチャンスをものにしなければ、と心を決めた伊藤さんの猛進が始まったのがそこからだ。とにかく声を出して少しでも多くの人に興味を持ってもらい、販売時間以外は到着ゲートに行き、警備員に止められながらもチラシを配っては、「帰国される時に空港でまたぜひ」と呼びかけた。そんな努力の甲斐あって、「面白い日本人が台湾のコーヒーを売っている」と口コミが広がり、1日15万円を売り上げるほど注目を集めるまでになったのだ。 当然契約は毎月のように更新され、半年ほど販売を続けていると、台湾の雑貨店からも声がかかるようになった。Fujin Treeや誠品書店など、知名度のある雑貨店に取り上げられるようになると、テレビの取材やビジネス雑誌への掲載などの依頼も立て続けに入り、認知度が一気に上がったという。2013年には最初の実店舗をオープンし、その後台湾に4店舗、香港に1店舗を構える大人気ロースターへと成長することになった。 転換期 ビジネスの規模はどんどんと大きくなり、一時期は従業員の数が20人を超えるほどの大所帯となったGoodman Roaster。しかしそこで、次第に難しさも感じ始めたと伊藤さんは振り返る。自分以外のスタッフ全員人が台湾人で、育った環境や文化の違い、そして専門性の高い会話における言語の壁、さらには経営に対する意識の違いなどが徐々に浮き彫りになって来たのだ。台湾という異国の地で、日本人が経営するという困難と苦労、そしてそれに時間やエネルギーを割かなければいけないために、思うように若手を育てられないストレスと焦り。伊藤さんは断腸の思いで台湾の2店舗のみを残し、「選択と集中」の決断をした。 規模を小さく丁寧に再出発したところ、売り上げも伸び、その経験を機に伊藤さんの中で変化が起こった。「ビジネスを大きくする事に、全く興味がなくなりました。自分はそれよりも、自分自身の成長に集中したいんだ、そう気がつきました」と伊藤さんは話す。「今はバランスを整える事に重きを置いています。例えば、お金を理由にして食べたいものを食べない、などという決断はしたくない、だからと言って売り上げのためにもっとビジネスを伸ばしたくはない。でも生活のため収益は必要。そんなところのバランスを、落とし所を見つける作業です」 そうこうしているうちに、台湾にやって来て7年が経った。元々は5年で日本に帰るという目標を立てていたという伊藤さんには、もう一つ、いつも心に留めていた目標があった。それは藤巻氏との約束、「ものになったら日本に帰って来てアウトプットをする」こと。ゼロからのスタートで、ここまでたどり着いた。ならば、日本に帰る時が来たのではないか。そう感じる瞬間を、伊藤さんは迎えた。 日本での拠点に京都を選んだのは、旅行で訪れた際に直感で気に入ったから。街の雰囲気、職人気質の人間が多い場所に、心惹かれるものがあり、Goodman RoasterはGoodman Roaster Kyotoとして、新たに日本の地にオープンすることとなった。 Goodman Roaster の焙煎 「資格や大会に全く興味はなく、”美味しい”というところに興味がある」と話す伊藤さんは、他のロースターとは異なるアプローチをしている。ロースターというと、焙煎技術を極めている職人、のような姿勢で焙煎を行う人が多く、素材の良し悪しが十分に重視されていないと伊藤さんは考える。むしろ、どんな素材であっても美味しく焙煎するのが腕の見せ所、というような部分すらあるのではと感じているという。 「僕は素材がとにかくまず重要だと考えています。今では焙煎の技術はコンピューターである程度管理できてしまう。だからその技術よりも、まず生豆の良し悪し、クオリティを嗅ぎ分けられる嗅覚と味覚を鍛える事が重要なんです。食べ物でも、素材が良いものに味付けはほとんど必要ないですよね。深煎りって、例えて言えば醤油を思いっきりかけるような事だと思っています。うちでは浅煎りに限定しているわけではないのですが、素材が良いものを選び、その良さを活かそうと思えば自然と浅煎りになるんです。特にフィルター用のコーヒーは絶対にいいものを仕入れている、という自負がある」、そう伊藤さんは言う。 Goodman Roasterで使用している焙煎機はディードリッヒ。台北では12kg、京都では5kgで焙煎を行なっている。「今のスペシャルティを焼くのに直火はあり得ない」と話す伊藤さんが特に心酔しているのが、エスプレッソブレンドを焙煎するときに発揮されるディードリッヒの本領だ。赤外線の力で、ボディ、クレマ共に素晴らしいものが焼けるのだと伊藤さんは目を輝かせる。 日本に帰ってきて感じること、これからのビジョン 「これはコペンハーゲンに行ったときに強く感じたんですが、普段の生活における心の豊かさと、コーヒーを飲む時間を楽しめる事とは繋がっていると思っています。豊かだからコーヒーが飲めるのか、コーヒーで心が豊かになるのか・・・、それはまだ答えの出ない問いですが、日本に帰って来て、『コーヒー飲んでる場合じゃないでしょ』、『コーヒー飲んでる時間はない』と言われてびっくりした事があって。ただコーヒーを飲む、その時間を楽しむと言う豊かさが失われているのではないか、そう思いました」と伊藤さん。 京都店ではまず1年間、一人で現場に立ち、お客様に接していくと決めている。少しでも多くの人に、リラックスしてコーヒーを味わう時間を持ってもらえるよう、生粋のエンターテイナーとして、京都に新しい風を吹かせよう、そう考えているという。 現場に全部の答えがある、と藤巻氏は言った。台湾で得たものを日本へ、そして日本での新しい体験をまた台湾へ。お客様を楽しませないと意味がない、をモットーに、ユニークなルーツを持つロースターとして、日本でもいよいよその名を轟かせていく事だろう。

Passage Coffee (東京) : 2017年10月 #クラスパートナーロースター

次にご紹介する#クラスパートナーロースターは、東京・田町のPassage Coffee。   三田通り沿いにある店舗の前に立てば、視線のまっすぐ先に東京タワーが見える。大学があり、オフィス街であり、また観光地でもあるという土地柄、日常と非日常がいそがしく行き交うこの場所では、人通りが途切れることはない。 店内は明るく、木材で統一された内装と、交差するいくつもの直線で構成されていながら暖かみのある空間が印象的だ。カフェではエアロプレスをはじめとした器具や、常時5種類ほどが揃う自家焙煎コーヒー豆も購入できる。   朝一番においしいコーヒーを飲んで、一日のエネルギーにしてほしい―そんな思いを込め、平日は朝7時半、週末は9時にオープンするPassage Coffee。2014年ワールドエアロプレスチャンピオンシップ優勝という輝かしい経歴を持ち、店主として人気店を切り盛りする佐々木さんに、お話を伺った。       コーヒーとの歩み 『初日に、あ、これで飯食っていこう、と』   幼いころからカフェオレを好んで飲んでいたという佐々木さんが、本格的にコーヒーの世界に足を踏み入れたのは大学2年生の時だ。アルバイトとして採用された福岡のスターバックスで、勤務初日、「あ、これで飯食っていこう」、そう思ったという。スターバックスでは、アルバイトにも社員同様丁寧な研修が行われる。そのテイスティングでコーヒーの味わいの幅広さに感動を覚え、就職するなら絶対にコーヒー業界にしよう、と心に決めた。20歳の時だった。   卒業後ドトールに入社し、東京へと引っ越した。ドトールでは2年間店舗勤務で店長の業務をこなし、主にカフェの経営面、ビジネスマネジメントを大いに学んだ。そうして順調にキャリアを積んでいた佐々木さんだが、彼の頭の中にはすでに次のステージへの構想が浮かんでいた。   さかのぼって大学4年の頃、バリスタチャンピオンシップ観戦のため東京を訪れた佐々木さんは、ポールバセット新宿店に足を運んだ。そこで飲んだカプチーノ、スタイリッシュな空間の余韻は福岡に帰ってからも頭から離れなかったという。その記憶は、ドトールで忙しく働きながらも、また新鮮に思い出された。接客、マネジメントと、自分にとって必要なステップは踏んできた。ここへ来て、技術をしっかりと身に着けたいという気持ちがいよいよ強くなってきたのだ。   当時本格的にエスプレッソを扱っているところといえば、デルソーレ、ポールバセットを含めほんの3店ほど。その中で特にポールバセットはバリスタの登竜門のような存在であり、自分の技術を伸ばすなら絶対にここだ、そう感じたという。   その後アルバイトとしてポールバセットに採用され、更にセガフレードなど2つのカフェでのアルバイトを掛け持ちする傍ら、専門学校へも通い、1年間のバリスタ養成コースを修了した。仕事ぶりが認められ、ポールバセットで無事社員として登用された佐々木さんは6年半の間、新宿店を支える大きな存在として活躍することになる。   ポールバセットでは、バリスタとなり実際にマシンを触ることができるようになるまでに長い下積みのステップがある。バリスタになるには、コーヒーの知識、カッピングを含む味覚の試験、スチームの技術などの審査に合格する必要がある。厳しく長い下積みと言えば、少々古い体質のようにも聞こえるが、半端な気持ちで臨んではいけない仕事であるということ、そして、基礎ができていなければ美味しいエスプレッソなど作ることができないという意味で、順当であるとも思う、そう佐々木さんは話す。   無事にバリスタとなった佐々木さんは、ポールバセットの渋谷進出後、新宿店をほぼ一任され、時間は忙しくあっという間に過ぎていった。       エアロプレスチャンピオンシップへの挑戦、そして世界へ 『負けてすごく悔しかった』   初めてのエアロプレスチャンピオンシップへの挑戦はある日突然訪れた。上司が佐々木さんの名前で参加申し込みをしたというのだ。それまでほとんど触ったことがなかったエアロプレス。戸惑いながらも、大会までの2か月間特訓を重ねることにした。   初めてエアロプレスと向き合い、抽出してみた感想は「ストライクゾーンが広い道具」。手探りの一度目から、ある程度おいしいコーヒーが抽出できたのだ。しかし現実はやはりそう甘くはなく、大会では2回戦で敗退。 突然訪れた機会だったとはいえ、負けた悔しさは強く、来年必ず再出場しよう、そう心に決めた。   ポールバセットの看板商品はあくまでも世界一位を獲得したエスプレッソ。 しかし決意を固めた佐々木さんは、店舗ではまだメニューになかったエアロプレスをメニューに追加するよう働きかけ、自分の時間も使い細々とではあるが練習を重ねた。   「エアロプレスって、ある程度のところまでは簡単なんです。でも、完璧な一杯を追求しようとすると、味に影響する要素が多すぎる」と佐々木さんは説明する。エスプレッソと同じく気圧で抽出する手法は、よく言えば味づくりの幅が広く、様々な味が出せる。しかしその逆を言えば、あまりに幅広く様々な味を出せるため、照準を絞るのが難しく、また外してしまう可能性も大きいというのだ。   翌年の大会には、ティムウェンデルボーなどを参考に世界でスタンダードとされる味の取り方を研究し臨んだ。求める味を模索する中で新たに視野に入った世界での味の流れ、酸味を押し出すだけではなく、クリアでなければ表現できない産地個性など、それまで日本のコーヒーしか知らなかった自分の中での価値観が世界に向けて変わった瞬間、それが最大の転換期だったという。そして挑戦した二度目の大会で優勝、更に2か月後に控えていた世界大会でも、見事に優勝を果たすことになる。   前日まで調整を尽くした一杯を出し、その後も微調整を繰り返したと、佐々木さんは緊張感あふれる当日の様子を話してくれた。その時使用したのはボリビア。甘味が強く、ダークチョコレートを感じさせる豆だ。ただ淹れただけではフルーティーさはなく、その果実味を引き出し明るい酸と甘味のバランスを取ることで、ユニークさを表現し、評価につながった。 自分がおいしいと思うコーヒーが、世界で一番のコーヒーとマッチした瞬間だった。     焙煎の始まり...