次回の#クラスパートナーロースターは、大山崎 COFFEE ROASTERS。Kurasuでのワークショップの共同主催や、ENJOY COFFEE TIMEなど様々なイベントでご一緒することも多く、Kurasuオープン当初から親しくお付き合いさせていただいている。コーヒーはもちろん、ロースターを切り盛りする中村ご夫妻の暖かい人柄にはファンも多い。
昨年のロースターインタビューでは、中村ご夫妻が大山崎に移住したきっかけなど、大山崎 COFFEE ROASTERSのはじまりのお話を取材した。(インタビュー・ショートムービーはこちらから)
インタビューから1年が経った今年1月、大山崎町内での移転を経てまた新しい姿となった大山崎 COFFEE ROASTERS。現在の様子や、環境・生活スタイルの変化がもたらしたものについて伺った。
新店舗で迎えた新しい年、新しいチャプター
新店舗は、深みのある赤いタイル壁と大きな扉が印象的な建物。インパクトのあるタイル壁はオリジナルのものを活かしており、モダンな雰囲気に改装されているが懐かしさや暖かみも感じられる。フロアに置かれた存在感のある岩や、個性的な素材感の壁など、内装もとびきり魅力的だ。
以前の店舗よりも広く、路面店となった新店舗。2階は居住スペースとして使用している。様子はどうですか?と尋ねると、「思い描いていた以上に素晴らしい!最高だね、と毎日かみしめています」と夫の佳太さんは笑顔でそう答えた。
そもそも、焙煎所と自宅を同じ場所に設けるのが初めからの二人の理想の形だった。最初の店舗では事情によりそれがかなわず、荷物の置き場所が分散したり、生活リズムが不規則になったりと不都合なこともままあったという。根気よくアンテナを張りつづけ、ようやく出会った今回の物件。時間をかけてリノベーションを行い、晴れて夢の住居兼焙煎所が完成した。
移動や時間の制約などのストレスがなくなったことで、常に落ち着いて暮らしながら、仕事にも生活にもしっかりと向き合えるようになった、と語る佳太さん。「きちんとリラックスできるので、集中する時にもぱっと切り替えられるようになりました。今後焙煎を調整したり、焙煎機を大きくするなどの変化はあるだろうとは思いますが、生活のスタイルとしてはこれが完成形だなと感じています」、夫妻はそう話しながら、幸せそうに微笑んだ。
前店舗からバトンがつながった、「皆にとって過ごしやすい場所」
皆が一つの食卓を囲むようなつくりだった前店舗に比べると、かなり広くなった印象が強い新店舗。試飲などで腰掛けるスペースも、壁際のハイスツールや屋外のベンチなど、好みの場所が選べるようになっている。
「小ぢんまり感がなくなりました。お客さん全員が話すのが当たり前だった以前と比べてちょっとさみしい気もします」、そう話すのは妻のまゆみさん。しかし、広くなったことで文字通り「居場所が広がった」とも感じているという。以前は数人が訪れれば店はすぐにいっぱいになり、気を遣ったお客さんが試飲もそこそこに帰ってしまうことも。しかしその狭さが出会いと会話を生んでいた。
比べて新店舗では、人と人との距離に余裕が生まれることで、ゆっくりと時間をかけて選びたい人、ただぼーっとしていたい人などが思うように過ごしていられる空間になった、とまゆみさんは説明する。さらに、新規オープンではなく移転という選択をした結果、前店舗での常連客が顔を出してくれ、初対面の人と話し始めるなど、以前の雰囲気も程よく移って来てくれたのだという。
路面店になったことで、近所の人が「何屋さん?」と訪ねてくることも。2階で外から見えづらかった以前の店舗では考えられない、嬉しい変化だ。
新店舗も変わらず、試飲、豆販売のみ。このスタイルだからこその強み
移転の知らせをきっかけに訪れる人も多く、さらに雑誌『カーサ ブルータス』に掲載されたことでコーヒー関係者の来店が劇的に増えた。よく聞かれるのが、あくまでも試飲だけを提供する理由だ。「たまたまで、狙ったわけではない」と話す佳太さんだが、振り返るうちに自分たちのスタイルだからこその強みに気が付いたという。
「コーヒーを売っていると、豆販売でも、カフェでも、お客さんから感想を聞けるのは多くて2種類、2-3杯分。それも、全員がフィードバックをくれるわけではありません。でもうちでは1人が平均して3-4種類を目の前で試飲してくださるので、それだけの種類感想をもらえる。さらにリピート率が7-8割なので、その人の1年を通しての味の好みや、変化を知ることができる。これを日々蓄積できているというのは、すごい事なんじゃないかな、ってある日気が付いたんです。これはこのスタイルだからこそできる事。ラッキーだと思っています」
自分たちの納得のいくスタイルを追い求めるうちに、連鎖反応のようにして良い結果が生まれる。大山崎 COFFEE ROASTERS、そして中村夫妻の強みの根底にはやはりこの姿勢があるように感じられる。
じっくりと腰を据え、全身で向き合う焙煎
中村夫妻が使用しているのは、他ではあまり見かけない、軽井沢のGRNというロースター。焙煎量は1日平均10㎏、週に3日。木曜・土曜のみの営業で、豆販売と試飲用の在庫との調整が必要なため、一度に焙煎する量にはばらつきがある。
毎日オープンしていれば決まった量を決まったように焙煎すればよいのだが、そうは行かないのが難しいところ。なるべく豆を余らせないように、しかし急な注文にも対応できるように、100g単位で量を調節しながら焙煎を行う。一爆ぜ以降は、量の大小で必要な火の量が大きく変わる。少なければバーナーの熱で焼けるが、多ければ豆同士が熱で焼き合う現象が起きるため火を抑えめにするなど、繊細な調整が必要だ。どんな量でも、美味しく焼けるように。日々訓練の積み重ねだ。
初めて焙煎する豆は、まず一旦スタンダードな焼き方で深目まで焼き、途中で都度取り出しながら各段階でカッピングを行い、焙煎度合いの幅を決める。豆によっては、浅め、深め両方を
販売することもある。火加減の調節、排気ダンパーの開け閉め等に関しては、常にその時の豆の状態や焙煎環境に応じて細かくチェックする。窯の中の熱のこもり具合などを開け閉めしながら指で確かめ、体で感じたものを反映させていく。焙煎が済んだら、試飲を行い、再度調整することもあるという。
大山崎 COFFEE ROASTERSの焙煎の特徴は、その焙煎時間の長さだ。10分ほどで焼き上げるのが平均的だが、ここでは浅煎りでも17、8分は焼く。二爆ぜ以降も焼く場合にはなんと25分ほどをかけることもあるという。熱風式ロースターのため、弱火でじっくりと焼くことができるのだ。1日10㎏とすると、焙煎を行う日は5-6時間付きっ切りになる計算だ。
移転に伴い、煙突が長くなり、使用するガスがプロパンから都市ガスに変化した。排気の影響は特に感じられず、都市ガスになったことで火のコントロールがしやすくなり、火の質が変わった結果として味わいがよりマイルドになったという。
使用している生豆は全部で10種類。店を始めたころは頻繁に豆を入れ替える計画だったが、豆に固定ファンがつくようになり、作業量や効率を考えても頻繁な入れ替えは現実的でなかった。また、価格帯を600円から1000円におさめる事を優先していたため、Cup of Excellenceなどの豆を使用することもなかった―しかし先月から、新しい試みが始まっている。
夫妻が「実験、または遊び」と称するその試みは、5㎏だけ生豆を仕入れては、毎週1㎏ずつ異なる焙煎方法で焼いたものをその週にだけ販売するというもの。少量で気軽に様々な焙煎スタイルの経験を積むことができ、常連客にも目新しいと喜んでもらえているのだという。
決まった豆を焼き続けていると次第にやり方が固定され、そこからはみ出すことに次第に恐怖心すら覚えるようになることがある。それを打ち砕き、常に柔軟であるための新たな奥の手だ。
新しいライフスタイルがくれた余裕、より明確になったビジョン
「最近思うことが多いんです。余裕ができたから、コーヒーについて改めて色々と考えています」と話す佳太さん。自らの焙煎についても、考えを巡らせる事が増えた。オープン当初から、「自分の思う味」や「豆の個性」を押し出していく事はしたくないと考えていた佳太さんの焙煎するコーヒーは、例えるならその豆の持つあらゆる要素がぎゅっと詰まった花束だ。その中から、抽出する人が好きな要素を引き出すように淹れてくれればいい。ゆらぎのある抽出をしても、その度にどれかが顔を出すような、どう淹れても様々に美味しい豆―淹れる人によって表情を変えるコーヒーを作るのが、生産・焙煎・抽出、とあるプロセスのうち焙煎を専門職とする自分たちにできる最高の事だと考えているのだ。
何かを際立たせる焙煎を行えば、抽出の正解が決まってしまう。それはある意味豆の持つポテンシャルを制限してしまうような、もったいない行為にもなり得るのでは、と佳太さんは考える。同じ豆でも、淹れる人や場所によって味が変わるのはむしろ嬉しいという。どう淹れてもまずくならない、「どうやったっていいよ」、と預けることのできる焙煎をするのが佳太さんにとってのロースターの理想の姿だ。
生豆の買い付けにも、抽出にもそれぞれ経験を積んだプロがいる。だからその分野については彼らを信じて任せ、自分は焙煎に注力する。「人生の時間は限られてますから、全部やろうとしたらどれも中途半端になる。焼いてるだけなら気が楽だし、後は任せます」と話す佳太さん。大切なものと向き合うために、必要でないものは思い切って手放してみる―ここにも彼らの哲学が光る。理想のライフスタイルを手に入れた二人の笑顔は以前にも増してすっきりとして、新たなチャプターを純粋に楽しんでいる、そんな輝きに満ちていた。
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