Kurasuが次にご紹介するロースターは、京都の大山崎COFFEE ROASTERS。
シンプルな原点を大切に、物事の優先順位を、そしてその理由を忘れない。簡単なように思えて、実は最も難しいこの姿勢。忙しい日々に追われながら、「今の自分の生活はこれでいいのだろうか」という問いがふと頭をよぎった事がある人は少なくないだろう。そんな問いに真正面から向き合い、自分たちの道を切り開いたのが大山崎COFFEE ROASTERSの中村夫妻だ。Kurasuはお二人のこれまでの歩みと、ユニークなビジネススタイルについてのお話を伺ってきた。
夫妻は2010年末に結婚。中村さんと妻まゆみさんはそれぞれ仕事も順調で、充実した日々を送っていた。中村さんはコンサルティングという職業柄出張も多く、平日もなかなか家に帰ることができなかった。独身時代は苦にならなかったそんな生活だが、結婚しても共に過ごす時間が思うように取れない日々に、次第に疑問を持ち始めたという。そんな時、東日本大震災が起きる。中村さんは出張中だったが、何とか無事帰宅することができた。その日を境に、以前から抱いていた「家族は一緒にいた方がいい」という思いが固まったという。ライフスタイルから見直そうと決断した二人は、まずは自分たちがどんな生き方や生活をしたいのかをじっくりと話し合った。そうして出した答えが、東京ではないどこか別の場所に住み、二人でできる仕事を始めるという道だった。
2012年―仕事を辞め、日本各地を巡りながら移住先を探す旅が始まった。マンションも引き払い、8月末には退去が決まっていたが、5月になっても6月になっても、移住先は決まらなかった。これだと思う土地に出会えないまま退去日が迫る7月、京都の宇治市出身であるまゆみさんがふと大山崎の存在を思い出す。京都で暮らしていた頃、普段は電車で通り過ぎてしまうだけだった場所。アサヒビールの美術館があり、数回降り立ったことはあるものの、あまりよく知らない土地。それでも、電車の窓から見える、景色がそこだけぽかんとなにもない大山崎の風景が、心のどこかに焼き付いていた。
週末に、二人で大山崎の町をひたすら歩いて周った。すぐに町を気に入った二人はその足で不動産屋に行き、物件を決めたという。
相談を重ね、夫妻は二人がその時一番興味があったコーヒーに関わる仕事をしようと決意する。まずはカフェを想定し物件を町内で探したが見つからない。その時に思いついたのが、自家焙煎とネット販売だけの小さなビジネスだった。東京でもワークショップに参加するなど、もともと焙煎に興味があったこともあり、焙煎機さえあればでき、人が来られない立地でもインターネットを使えばどこへでも売ることができる業態は理想的な選択だった。
2013年6月、自宅に焙煎機を置いて焙煎を開始し、ネット販売のみでスタート。数か月後には駅前のレンタルスペースで販売する機会も得た。それを機にマーケット・イベント出店という方法を知り、同年の夏にはマーケットへの出店を始める。人口1万5千人の小さな町で、すぐにその噂は人々の耳に届いた。
大山崎には物作りに携わる人が多く住んでいるため、コーヒーに限らず、様々な物に興味とこだわりを持つ人が多く、彼らは常に新しいものへのアンテナを張っている。そんな彼らがまず店を見つけ、常連となり、一緒にイベントを開催したり、映画まで作ったりしては、出会いが出会いを呼び、地元に輪が広がっていったのだという。その後行うことになるアートギャラリーでの提供や、アンティーク家具が印象的なゲストハウス、パンとサーカスでの提供をはじめとする取引は、地元の人間関係やイベントでの出会いから生まれたものがほとんどだ。
2014年11月に店舗をオープンしてからも、豆販売だけという姿勢は変えなかった。来る人に、コーヒーを楽しみながら豆を選んでもらいたい―そんな思いで、コーヒーを商品としてではなく、試飲サービスとして提供する形を選んだ。 試飲という形であれば、カフェと異なり回転率も気にせず、楽しくどんどん飲んでもらい、気に入ったら豆を買ってもらえばそれでいい、というやり方でよい。これが二人の理想にぴったりはまったという。狭い店内では、地元の人も遠くから来た人も、肩が触れ合う程の距離でコーヒーを飲みながら過ごすことになる。そこで生まれる会話や新しい発見がまた楽しいのだ。試飲しかしていなくて店は大丈夫なのか、と心配されることもあれば、カフェと間違えられることも多い。試飲を勧めても最初は遠慮する人もいる。しかし、試飲しかできないからこそのゆるやかさは、確実に店の魅力、そして個性の強みであると自負している。
大山崎COFFEE ROASTERSが生豆を選ぶときの基準は主に二つ。バラエティに富んでいる事、そして自分たちも飲んでみたいと思わせてくれる面白さがある事だ。
常連客のほとんどが地元の人々であることを考慮して、600円から1000円というある程度の価格帯の中で、種類を豊富に揃え、自信をもって面白いと言えるものを高品質で提供すると決めている。そのため、現時点ではカップオブエクセレンスなどの高価な豆を取り扱う予定はない。
豆の焼き具合は味のバランスを見て決めている。ミディアム、ハイ、シティー、フルシティーと4種類の焙煎度合を設定し、毎回新しい豆が届くと最低4回は焙煎して、二人でカッピングしては、それぞれの豆に最適な焙煎方法を決める。便宜上4種類に分けているとはいえ、豆によってはシティーの中でも浅め、深め、など、細かく調整を行っているという。
オンラインショップにも二人の姿勢がはっきりと表れている。コーヒーを美味しく飲むために必要な情報だけに抑えた豆紹介に用いる写真は、何気ない背景のように見えて、実はそれぞれの豆の味わいをイメージしたもの。土の力強さ、スパイスのひらめき、爽やかな緑―商品を実際に手に取れず、情報が限られるネットショップから始めた彼らだからこそ、視覚的な情報の重要性を理解し、見ただけで味をイメージできる助けになるようなものを作っているのだ。味わいの説明に用いる表現も自分たちなりの言葉を使うよう心掛けている。きなこや緑茶など、味を例える食べ物はできるだけ日本にある食べ物や、想像しやすい例えを使い、わかりやすさを大切にしている。
最近、焙煎機を変えた。これまではフジローヤルのディスカバリー200gを使用していたが、卸売も増えた今、イベント出店時などにも幅広く対応できるようにするべく、軽井沢のGRN 1kg釜を選んだ。焙煎後3-4日の最適な状態で豆を提供するために、通常は発注があってから焙煎を行っている。100gなどの小さいバッチにも対応でき、余った豆を棄てるなどして農家やバイヤーたちの努力を一粒でも無駄にすることのないよう、バランスを考えた末の1kgという選択だ。卸売時など、それでも小さすぎ負担が大きくなる時もある。「大変ではあるが、大切なこと」と二人は笑顔で話す。焙煎機がいくら大きくなっても、二人でピッキングしている以上、スピードは変わらないことも規模を大きくしすぎない理由だ。二人で一緒に、できる範囲でやっていく。それが彼らの原点なのだ。
大山崎COFFEE ROASTERSの特徴の一つに、「豆を決して挽いて売らない」というものがある。豆のままでしか販売しないのだ。せっかく来店し興味を持ってもらっても、ミルを持っていないために販売を断らざるを得ず、初めのうちは客を逃すことも多かったという。
決して生活が楽だったわけではない。将来に対する不安も大きかった。しかし、なぜそれほどまでに自分たちのこだわりを貫くことができたのだろうか。
すると中村さんから、「だめならしょうがないや、と思っていたからでしょうね」と、少々意外な答えが返ってきた。コーヒー業界にいたことがなかった二人は、この世界に単なるコーヒー好きとして飛び込んだのだと中村さんは言う。つまり二人は商売としての観点からではなく、ただただ一番美味しくコーヒーを飲んでもらうにはどうしたらいいだろうか、それにはやはり、新鮮な豆を自分で挽いてもらう事が重要であり、そうでなければ美味しくないだろう、というシンプルな思いひとつでコーヒーを作り始めたのだ。もし業界に数年身を置くところから始めていたら、顧客の希望に合わせて豆を挽いて売ることは当然と考えていたかもしれない。また、会社を辞め、もう後には引けない、絶対にコーヒーだけで生きていかねばと意気込んでいれば、生活のため多くの妥協も避けられなかっただろう。
大切な家族とどう生きるかを考え進んだ道で、自分たちのペースで好きなものと向き合い出会いをつなげたら、二人だけのユニークな、地元の人に愛される店が生まれた。その道のりを振り返るほどに、めぐり合わせの不思議な力、そして、心から望む生き方を自らに問うことの大切さを改めて教えられるように思う。
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