フェアフィールド ミディアム[中煎り]

セール価格¥1,200
キャラメルのような深い甘みとチェリーキャンディの心地よい酸味。

初回焙煎日:5月27日(水)
こちらの商品を含む発送は、5月29日(金)以降となります。

サイズ: 100g
挽き豆: 豆のまま
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はじめに

はじめに

プロフィール

焙煎度

Medium

原産国

コロンビア

農園・エリア

セラニア・デル・ペリハ、サンタンデール

標高

1,200-1,700m

品種

カスティージョ、ティピカ、カトゥーラ、コロンビア

スタッフからの商品紹介

スタッフからの商品紹介

ロースターコメント

Kurasuの「ハウスブレンド」が、このたび特別なシングルオリジンへと生まれ変わりました。

私たちが目指すのは、世界でもトップクラスのスペシャルティ品質でありながら、日常に自然と溶け込むコーヒー。決して派手ではないけれど、飲み終えたあとに「美味しかった」と心に残る、やさしく静かで、奥行きのある味わいです。

その想いを体現する豆として、私たちはコロンビアのパートナー、Fairfield Tradingと出会いました。

このコーヒーは、Kurasuを初めて試す方にも、長年ご愛飲いただいている方にも、「迷ったらこれ」と自信を持っておすすめできる、私たちの新しいスタンダードです。

Fairfield Mediumの味わい

Fairfield Mediumは、「やさしさ」と「バランス」を追求した中煎りのコーヒーです。

チェリーや赤りんごのような心地よい果実感と、ローストナッツやキャラメルを思わせるやさしい甘さ。そして、クリーンな酸質が際立っています。

素材の個性を最大限に引き出すため、焙煎による強い風味を加えすぎないよう、繊細なバランスを大切にして仕上げました。熱いうちから、時間が経って冷めていくまで、その時々で感じる甘みや、フレーバーの変化をお楽しみください。

また、この豆はミルクと合わせても美味しく、お互いの良さを引き立て合う「掛け算」のハーモニーを味わえます。

ロースターコメント

Kurasuの「ハウスブレンド」が、このたび特別なシングルオリジンへと生まれ変わりました。

私たちが目指すのは、世界でもトップクラスのスペシャルティ品質でありながら、日常に自然と溶け込むコーヒー。決して派手ではないけれど、飲み終えたあとに「美味しかった」と心に残る、やさしく静かで、奥行きのある味わいです。

その想いを体現する豆として、私たちはコロンビアのパートナー、Fairfield Tradingと出会いました。

このコーヒーは、Kurasuを初めて試す方にも、長年ご愛飲いただいている方にも、「迷ったらこれ」と自信を持っておすすめできる、私たちの新しいスタンダードです。

Fairfield Mediumの味わい

Fairfield Mediumは、「やさしさ」と「バランス」を追求した中煎りのコーヒーです。

チェリーや赤りんごのような心地よい果実感と、ローストナッツやキャラメルを思わせるやさしい甘さ。そして、クリーンな酸質が際立っています。

素材の個性を最大限に引き出すため、焙煎による強い風味を加えすぎないよう、繊細なバランスを大切にして仕上げました。熱いうちから、時間が経って冷めていくまで、その時々で感じる甘みや、フレーバーの変化をお楽しみください。

また、この豆はミルクと合わせても美味しく、お互いの良さを引き立て合う「掛け算」のハーモニーを味わえます。

生産者のストーリー

このエリア(セラニア・デル・ペリハ)について
地理・標高・収穫期

セラニア・デル・ペリハは、コロンビア東部アンデス山脈の最北端に位置する山系で、ベネズエラ国境に沿って南北に延びています。西側には広大なセサール川流域を挟んで、シエラネバダ・デ・サンタ・マルタ山塊がそびえています。シエラネバダはアンデスとは地質学的に独立した山塊で、標高5,700メートルに達する世界最高峰の海岸山脈です。

両者の地質構造は大きく異なります。シエラネバダが火成岩・変成岩を主体とするのに対し、ペリハ山系は堆積岩および火山性堆積岩から成ります。その間に広がるセサール=ランチェリア盆地は、この地域の水資源と農業活動の中心地です。

セラニア・デル・ペリハにおけるコーヒーの栽培標高は海抜800〜1,800メートルで、1980〜81年のコロンビア全国コーヒー調査(Ecotopo 301A)に記録されています。年間降水量は1,300〜1,600mmで、12月〜3月および7〜8月に明確な乾季があります。土壌は頁岩・砂岩・石灰岩を主体とする堆積性で、自然肥沃度は中程度から低め、斜面は中程度から急傾斜に及びます。

北緯9〜11度という低緯度に位置するため、この地域の700〜1,500メートルの標高帯は、中米コーヒー産地の高地栽培に相当する農業条件を備えています。セラニア・デル・ペリハおよびシエラネバダでは年間収穫は一度のみで、収穫期は10〜11月から翌1〜2月に集中します。コロンビア南部ナリーニョ地方のようなミタカ(中間収穫)は存在せず、北部では後半期、南部では前半期に収穫が行われるという、明確な生育サイクルが形成されています。

この地にコーヒーがもたらされた経緯

セラニア・デル・ペリハにおけるコーヒー栽培の記録は、1840年代に一人のフランス移民によって始まります。フランソワ・ダンゴンは1840年頃にコロンビアのカリブ海沿岸へ到着し、現在のラ・グアヒーラ県にあたるペリハ北斜面のビジャヌエバへ定住しました。1855年までに、彼はエル・トロ農園に80ヘクタール、10万本を超えるコーヒーの樹を植えていました。これは当時のティピカ種の伝統的なシェード栽培密度(1ヘクタールあたり1,200〜1,400本)と一致します。1880年には、リオアチャ港からビジャヌエバ周辺産のコーヒー250トンが輸出されていました。

栽培品種はティピカ。18世紀初頭にマルティニークおよびガイアナから伝わり、ベネズエラ経由でコロンビア北東部に広がった系統です。ダンゴンのエル・トロ農園や、同時期にシエラネバダで開発されていたヒロカサカ、ラ・ビクトリア、シンシナティといった大農園は、資本集約型の大規模経営でした。しかし、大規模コーヒー生産を支える熟練労働力に乏しかったため、内陸部のコーヒー生産地から労働者を雇い入れる必要がありました。

この北カリブ地域のコーヒー経済は、後のコロンビア的小農文化よりも、むしろエルサルバドルやグアテマラのプランテーション経済に近い構造を持っていました。しかし、そのモデルは長続きしませんでした。大農園は徐々に分割・衰退し、必要とされる資本と労働管理体制を維持できなくなったのです。

最終的にこの地域を支えたのは小規模農家でした。かつて大農園で働いていた労働者や、その後コロンビア内陸のコーヒー地帯から移住してきた人々が、山腹に小さな農地を築いていきました。これは、コロンビア中央・東部山脈で進行していた「アンティオキア植民」の流れと同様です。家族経営の小農と地域共同体、そしてコーヒー生産者連盟の技術支援ネットワークが、大農園よりも長期的に持続可能であることを証明しました。現在のペリハのコーヒー文化は、こうした小農たちによって形成されたものです。

山に生きる人々

セラニア・デル・ペリハは、ユクパ族の祖先伝来の土地でもあります。彼らはカリブ語系民族であり、その歴史的居住域は西のセサール川から東のマラカイボ湖にまで及び、まさに現在コーヒー栽培が行われている700〜1,500メートル帯に重なっていました。

1940年代以降、コロンビア内陸から新たな入植者が中腹地帯へ進出するにつれ、ユクパ族は徐々に標高の高い痩せた土地へ追いやられていきました。彼らは、自らの祖先の土地で発展したコーヒー経済の恩恵を受けることはありませんでした。その後も彼らは、農業開拓、1970年代のマリファナ密輸ルート化、さらに1980年代から2000年代初頭まで続いたゲリラ・民兵組織間の武力衝突によって、幾重にも土地を奪われていきます。

現在、ユクパ族はセサール県内の6つの保留地に暮らしていますが、その総面積は約34,000ヘクタールに過ぎず、しかも農業生産がほとんど成り立たない乾燥した高地に限られています。

一方、1940〜50年代にコロンビア内陸から移住してきた農民たち自身もまた、政治暴力「ラ・ビオレンシア」を逃れてきた避難民でした。トリマ、バジェ・デル・カウカ、アンティオキア、サンタンデールなどから移住した彼らは、伝統的コーヒー地帯の知識とともに、水洗式精製やシェード栽培をこの新天地へ持ち込みました。しかし彼らは、自分たちが入植した土地に誰が先に暮らしていたのかを十分理解していたわけではありませんでした。1950〜80年代にかけてのこの移住によって、セラニア・デル・ペリハはコロンビアのスペシャルティコーヒー地図の一角を占めるようになります。

紛争・再建・現在の品種構成

1980年代末までに、この地域では武力紛争が激化しました。2002年には、ベセリル、チリグアナ、クルマニ、ラ・ハグア・デ・イビリコ、アグスティン・コダッシの5自治体に住む農家が集団的に避難を余儀なくされ、多くの農園が放棄されました。

2009〜2012年、コロンビアコーヒー生産者連盟(FNC)は、セサール県政府、オランダ開発協力省、ダウエ・エグバーツ財団と連携し、農園再建プログラムを実施しました。600世帯が農園へ戻り、863ヘクタールのコーヒー農地が更新され、さらに1,508ヘクタールが剪定・施肥・整備によって再生されました。また994ヘクタールに食料作物が植えられました。

2012年には国際的なサステナビリティ認証を取得し、この地域の品質と生産力が再評価されるようになります。

この再建で、老朽化したティピカやカトゥーラの約80%が「カスティージョ・プエブロベジョ」に植え替えられました。これはCenicafé がマグダレナ、セサール、ラ・グアヒーラ、ノルテ・デ・サンタンデール向けに開発したカスティージョ系統であり、カトゥーラとティモールハイブリッドを交配したサビ病耐性品種です。

生産者のストーリー

このエリア(セラニア・デル・ペリハ)について
地理・標高・収穫期

セラニア・デル・ペリハは、コロンビア東部アンデス山脈の最北端に位置する山系で、ベネズエラ国境に沿って南北に延びています。西側には広大なセサール川流域を挟んで、シエラネバダ・デ・サンタ・マルタ山塊がそびえています。シエラネバダはアンデスとは地質学的に独立した山塊で、標高5,700メートルに達する世界最高峰の海岸山脈です。

両者の地質構造は大きく異なります。シエラネバダが火成岩・変成岩を主体とするのに対し、ペリハ山系は堆積岩および火山性堆積岩から成ります。その間に広がるセサール=ランチェリア盆地は、この地域の水資源と農業活動の中心地です。

セラニア・デル・ペリハにおけるコーヒーの栽培標高は海抜800〜1,800メートルで、1980〜81年のコロンビア全国コーヒー調査(Ecotopo 301A)に記録されています。年間降水量は1,300〜1,600mmで、12月〜3月および7〜8月に明確な乾季があります。土壌は頁岩・砂岩・石灰岩を主体とする堆積性で、自然肥沃度は中程度から低め、斜面は中程度から急傾斜に及びます。

北緯9〜11度という低緯度に位置するため、この地域の700〜1,500メートルの標高帯は、中米コーヒー産地の高地栽培に相当する農業条件を備えています。セラニア・デル・ペリハおよびシエラネバダでは年間収穫は一度のみで、収穫期は10〜11月から翌1〜2月に集中します。コロンビア南部ナリーニョ地方のようなミタカ(中間収穫)は存在せず、北部では後半期、南部では前半期に収穫が行われるという、明確な生育サイクルが形成されています。

この地にコーヒーがもたらされた経緯

セラニア・デル・ペリハにおけるコーヒー栽培の記録は、1840年代に一人のフランス移民によって始まります。フランソワ・ダンゴンは1840年頃にコロンビアのカリブ海沿岸へ到着し、現在のラ・グアヒーラ県にあたるペリハ北斜面のビジャヌエバへ定住しました。1855年までに、彼はエル・トロ農園に80ヘクタール、10万本を超えるコーヒーの樹を植えていました。これは当時のティピカ種の伝統的なシェード栽培密度(1ヘクタールあたり1,200〜1,400本)と一致します。1880年には、リオアチャ港からビジャヌエバ周辺産のコーヒー250トンが輸出されていました。

栽培品種はティピカ。18世紀初頭にマルティニークおよびガイアナから伝わり、ベネズエラ経由でコロンビア北東部に広がった系統です。ダンゴンのエル・トロ農園や、同時期にシエラネバダで開発されていたヒロカサカ、ラ・ビクトリア、シンシナティといった大農園は、資本集約型の大規模経営でした。しかし、大規模コーヒー生産を支える熟練労働力に乏しかったため、内陸部のコーヒー生産地から労働者を雇い入れる必要がありました。

この北カリブ地域のコーヒー経済は、後のコロンビア的小農文化よりも、むしろエルサルバドルやグアテマラのプランテーション経済に近い構造を持っていました。しかし、そのモデルは長続きしませんでした。大農園は徐々に分割・衰退し、必要とされる資本と労働管理体制を維持できなくなったのです。

最終的にこの地域を支えたのは小規模農家でした。かつて大農園で働いていた労働者や、その後コロンビア内陸のコーヒー地帯から移住してきた人々が、山腹に小さな農地を築いていきました。これは、コロンビア中央・東部山脈で進行していた「アンティオキア植民」の流れと同様です。家族経営の小農と地域共同体、そしてコーヒー生産者連盟の技術支援ネットワークが、大農園よりも長期的に持続可能であることを証明しました。現在のペリハのコーヒー文化は、こうした小農たちによって形成されたものです。

山に生きる人々

セラニア・デル・ペリハは、ユクパ族の祖先伝来の土地でもあります。彼らはカリブ語系民族であり、その歴史的居住域は西のセサール川から東のマラカイボ湖にまで及び、まさに現在コーヒー栽培が行われている700〜1,500メートル帯に重なっていました。

1940年代以降、コロンビア内陸から新たな入植者が中腹地帯へ進出するにつれ、ユクパ族は徐々に標高の高い痩せた土地へ追いやられていきました。彼らは、自らの祖先の土地で発展したコーヒー経済の恩恵を受けることはありませんでした。その後も彼らは、農業開拓、1970年代のマリファナ密輸ルート化、さらに1980年代から2000年代初頭まで続いたゲリラ・民兵組織間の武力衝突によって、幾重にも土地を奪われていきます。

現在、ユクパ族はセサール県内の6つの保留地に暮らしていますが、その総面積は約34,000ヘクタールに過ぎず、しかも農業生産がほとんど成り立たない乾燥した高地に限られています。

一方、1940〜50年代にコロンビア内陸から移住してきた農民たち自身もまた、政治暴力「ラ・ビオレンシア」を逃れてきた避難民でした。トリマ、バジェ・デル・カウカ、アンティオキア、サンタンデールなどから移住した彼らは、伝統的コーヒー地帯の知識とともに、水洗式精製やシェード栽培をこの新天地へ持ち込みました。しかし彼らは、自分たちが入植した土地に誰が先に暮らしていたのかを十分理解していたわけではありませんでした。1950〜80年代にかけてのこの移住によって、セラニア・デル・ペリハはコロンビアのスペシャルティコーヒー地図の一角を占めるようになります。

紛争・再建・現在の品種構成

1980年代末までに、この地域では武力紛争が激化しました。2002年には、ベセリル、チリグアナ、クルマニ、ラ・ハグア・デ・イビリコ、アグスティン・コダッシの5自治体に住む農家が集団的に避難を余儀なくされ、多くの農園が放棄されました。

2009〜2012年、コロンビアコーヒー生産者連盟(FNC)は、セサール県政府、オランダ開発協力省、ダウエ・エグバーツ財団と連携し、農園再建プログラムを実施しました。600世帯が農園へ戻り、863ヘクタールのコーヒー農地が更新され、さらに1,508ヘクタールが剪定・施肥・整備によって再生されました。また994ヘクタールに食料作物が植えられました。

2012年には国際的なサステナビリティ認証を取得し、この地域の品質と生産力が再評価されるようになります。

この再建で、老朽化したティピカやカトゥーラの約80%が「カスティージョ・プエブロベジョ」に植え替えられました。これはCenicafé がマグダレナ、セサール、ラ・グアヒーラ、ノルテ・デ・サンタンデール向けに開発したカスティージョ系統であり、カトゥーラとティモールハイブリッドを交配したサビ病耐性品種です。

エクスポーターについて

Fairfield Tradingは、2002年に設立されたコロンビアのスペシャルティコーヒー専門エクスポーターです。代表のAlejandro Renjifo(アレハンドロ・レンヒホ)が率いるこの会社は、農園からロースターまでのサプライチェーンを一貫して管理し、品質管理・ミリング・輸出準備までを自社で手掛けています。

Fairfield Tradingが扱うコーヒーは、すべてクラシックなウォッシュドプロセスで精製されたものに限られています。コロンビアは雨季と乾季が入り混じる気候で、小規模農家が収穫から乾燥までを自ら行うケースがほとんど。こうした環境下では、ナチュラルやハニープロセスで安定した品質を保ち続けることは難しいとアレハンドロは考えています。だからこそ、品種のブランドや流行に左右されることなく、カップクオリティそのものに重きを置き、伝統的なコロンビアコーヒーの美味しさを追求しています。

また、Fairfield TradingはインポーターであるSYU・HA・RIと共同で「COLOMBIA WASHED COFFEE FESTIVAL(CWCF)」というウォッシュドコーヒーのみの品評会を年に一度開催しています。100を超える農家からサンプルが集まり、厳正なカッピングを経て順位が決定されます。上位に入賞したロットには、通常の買取金額に加えてプレミアムが農家に直接支払われる仕組みで、生産者の品質向上へのモチベーションを支えています。

Kurasuは、このCWCFへの参加や現地訪問を通じてFairfield Tradingとの関係を深めてきました。彼らが大切にする「クオリティファースト」の姿勢は、私たちKurasuの価値観と深く共鳴しています。 

Fairfield Tradingからのコメント

「私は1980年初頭、コロンビアコーヒー生産者連盟の職員としてシエラネバダを訪れた際、この地域の存在を知りました。当時のセラニア・デル・ペリハとシエラネバダには、まだシェードツリーの下で育つティピカが広く残っていました。一方コロンビア内陸では、1970年代半ば以降、日向栽培・高密植のカトゥーラや、初期のサビ病耐性品種「コロンビア」への急速な転換が進んでいました。

ティピカは、もはやペリハ地域を代表する主要品種ではありません。現在その役割を担っているのは、農業的に理にかなった理由から導入されたカスティージョ・プエブロベジョです。しかし、変わっていないものもあります。それは、この土地ならではのテロワール、標高、原生林の被覆、年一回の収穫サイクル、そして西斜面特有の堆積性土壌です。

私は1980年以来、この産地を見続けてきました。そして、これらの条件がいつか評価される日が来ると信じていました。このロットは、その評価の一部なのです。

Kurasuさんによる購入は、コロンビアコーヒー生産者連盟のもとで組織的コーヒー生産を続けてきた農家たちの生活基盤を支えることにもつながっています。」

エクスポーターについて

Fairfield Tradingは、2002年に設立されたコロンビアのスペシャルティコーヒー専門エクスポーターです。代表のAlejandro Renjifo(アレハンドロ・レンヒホ)が率いるこの会社は、農園からロースターまでのサプライチェーンを一貫して管理し、品質管理・ミリング・輸出準備までを自社で手掛けています。

Fairfield Tradingが扱うコーヒーは、すべてクラシックなウォッシュドプロセスで精製されたものに限られています。コロンビアは雨季と乾季が入り混じる気候で、小規模農家が収穫から乾燥までを自ら行うケースがほとんど。こうした環境下では、ナチュラルやハニープロセスで安定した品質を保ち続けることは難しいとアレハンドロは考えています。だからこそ、品種のブランドや流行に左右されることなく、カップクオリティそのものに重きを置き、伝統的なコロンビアコーヒーの美味しさを追求しています。

また、Fairfield TradingはインポーターであるSYU・HA・RIと共同で「COLOMBIA WASHED COFFEE FESTIVAL(CWCF)」というウォッシュドコーヒーのみの品評会を年に一度開催しています。100を超える農家からサンプルが集まり、厳正なカッピングを経て順位が決定されます。上位に入賞したロットには、通常の買取金額に加えてプレミアムが農家に直接支払われる仕組みで、生産者の品質向上へのモチベーションを支えています。

Kurasuは、このCWCFへの参加や現地訪問を通じてFairfield Tradingとの関係を深めてきました。彼らが大切にする「クオリティファースト」の姿勢は、私たちKurasuの価値観と深く共鳴しています。 

Fairfield Tradingからのコメント

「私は1980年初頭、コロンビアコーヒー生産者連盟の職員としてシエラネバダを訪れた際、この地域の存在を知りました。当時のセラニア・デル・ペリハとシエラネバダには、まだシェードツリーの下で育つティピカが広く残っていました。一方コロンビア内陸では、1970年代半ば以降、日向栽培・高密植のカトゥーラや、初期のサビ病耐性品種「コロンビア」への急速な転換が進んでいました。

ティピカは、もはやペリハ地域を代表する主要品種ではありません。現在その役割を担っているのは、農業的に理にかなった理由から導入されたカスティージョ・プエブロベジョです。しかし、変わっていないものもあります。それは、この土地ならではのテロワール、標高、原生林の被覆、年一回の収穫サイクル、そして西斜面特有の堆積性土壌です。

私は1980年以来、この産地を見続けてきました。そして、これらの条件がいつか評価される日が来ると信じていました。このロットは、その評価の一部なのです。

Kurasuさんによる購入は、コロンビアコーヒー生産者連盟のもとで組織的コーヒー生産を続けてきた農家たちの生活基盤を支えることにもつながっています。」

プロセス・品種

このロットについて

本ロットは、現在のペリハ地域のコーヒー文化を象徴するものです。品種はカスティージョ・プエブロベジョ。シェード栽培、年一回収穫、水洗式精製。標高1,200〜1,700メートルのセラニア・デル・ペリハ西斜面で生産されています。

このロットは、2025年「Fairfield SYU・HA・RI Colombian Washed Coffee Festival」において注目すべきリージョナルロットとして紹介されました。

プロセス・品種

このロットについて

本ロットは、現在のペリハ地域のコーヒー文化を象徴するものです。品種はカスティージョ・プエブロベジョ。シェード栽培、年一回収穫、水洗式精製。標高1,200〜1,700メートルのセラニア・デル・ペリハ西斜面で生産されています。

このロットは、2025年「Fairfield SYU・HA・RI Colombian Washed Coffee Festival」において注目すべきリージョナルロットとして紹介されました。

おすすめの抽出方法

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焙煎からお届けまで

コーヒー豆の焙煎から梱包までは全て京都・西陣にあるKurasu Nishijin Roasteryで毎週行っております。

焙煎日から最大14日間までの新鮮な豆を発送しています。
焙煎日から1週間以降からが飲み頃となりますので、早めに届いた場合はお待ち頂くとコーヒー本来の美味しさが味わえます。
挽き豆に関しては、挽いた日から1週間前後で飲み切って頂くことをオススメします。

※ご注文のタイミングによっては在庫がない場合がございます。発送は次週の焙煎日までお待ちいただく場合がございますので、ご了承いただければ幸いです。
※コーヒー豆のご注文は、ご注文完了翌日以降のキャンセル及びサイズ(g)の変更はお受け付けできかねます。
※お客様への発送は埼玉にあるEC物流倉庫から一括で行っております。土日祝日・年末年始は発送業務は行なっておりません。

焙煎からお届けまで

コーヒー豆の焙煎から梱包までは全て京都・西陣にあるKurasu Nishijin Roasteryで毎週行っております。

焙煎日から最大14日間までの新鮮な豆を発送しています。
焙煎日から1週間以降からが飲み頃となりますので、早めに届いた場合はお待ち頂くとコーヒー本来の美味しさが味わえます。
挽き豆に関しては、挽いた日から1週間前後で飲み切って頂くことをオススメします。

※ご注文のタイミングによっては在庫がない場合がございます。発送は次週の焙煎日までお待ちいただく場合がございますので、ご了承いただければ幸いです。
※コーヒー豆のご注文は、ご注文完了翌日以降のキャンセル及びサイズ(g)の変更はお受け付けできかねます。
※お客様への発送は埼玉にあるEC物流倉庫から一括で行っております。土日祝日・年末年始は発送業務は行なっておりません。

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