次にご紹介する#クラスパートナーロースターは、山梨県・甲府のAKITO COFFEE。
緑の山々に囲まれた土地で、カフェ、そして2019年6月に味噌蔵を改装した焙煎所TANEをオープンし、その存在感はいよいよ増している。山梨の豊かな自然を活かしながら、スペシャルティーコーヒーという新たな文化の風を吹き込んだ人気ロースターだ。今回はそんな彼らの焙煎所を訪問し、オーナーの丹澤亜希斗(あきと)さんに、お話を伺った。
カフェと「人」
自らの名前を冠し、23歳でAKITO COFFEEをオープンしてから6年が経つ。
暮らし、働き、自分の手で将来を作り上げていくにはどんな道に進むべきか。そう自分に問いかけた時、サラリーマンをしている自分はイメージできなかった、と丹澤さんは言う。「自分のできることで生活できれば、と思って模索していました。自分はいろんな人たちに出会うのがすごく好きで、それならば飲食店だ、と思いました」と丹澤さんは振り返る。
早速、料理を勉強すべく、縁があった和食店で修行を始めた丹澤さん。技術は確かに身についたが、同世代の友人たちを気軽に誘えない価格設定や格式の高さがハードルとなり、当初想像していたほど気兼ねなく人々との出会いやコミュニケーションが取れない。悩む丹澤さんが次に出会ったのが、当時徐々に火がつき始めていたスペシャルティーコーヒーだった。「料亭やレストランでは、来てくれる人とダイレクトに交流を楽しむことは滅多にできないですよね。でもカフェって、初めましての人とのコミュニケーションから始まる場所。その気軽さや、お客さんにとって友達のような感覚で来てもらえるような特別な場所が作りたい。そう考えてコーヒーの勉強を始めました」と丹澤さんは話す。
技術を身につけるまで
コーヒースタンドを立ち上げようーそう決めると、丹澤さんは独学で浅煎りの研究を始めた。店の構想は、一人でも回せる規模で、最低限の設備が整っていること。焙煎機はフジローヤルの1kg、そしてエスプレッソマシンもアッピアのワングループに決めた。
店をやるなら、故郷の甲府で、という思いは以前からあった。しかし当時山梨には昔ながらの喫茶店はたくさんあるものの、スペシャルティーコーヒー文化の存在感は薄く、行く先には不安もあった。だが、品質の良いものを山梨の人々へ届けたいという思い、そして自分が愛する場所で暮らしたい、という思いは強く、甲府に腰を据え挑戦する決意を固めた。
「自分一人しかいなかったので、お金がなくてしんどい、などのプレッシャーはありませんでしたが、技術や情報を得るのには本当に苦労しました。一人で黙々と勉強したり、東京に出てカフェを巡ってはバリスタの動きを観察したり、質問したり、とにかく情報を集めるのに必死でした」、そう丹澤さんは振り返る。技術を磨くというのはひたすらに自分と向き合い続けることだ。打ち勝つべき相手は昨日の自分。何年もかけて少しずつ腕を磨く中で、デビューしてすぐに美味しいコーヒーを作れる人を見てはとても悔しい思いをした事もあったという。その全てを起爆剤として、丹澤さんは努力を続けた。
情報は世界中から、と話す丹澤さんは、Market Laneや Coffee Collective、Tim Wendelboeなどの海外のロースターや、東京や地方都市のロースターなどのコーヒーを取り寄せ、とにかくプロファイルを分析したという。さらに知り合いがいる都内のロースターなどに頻繁に焙煎した豆を持ちこんでは、フィードバックをもらい、改善を重ねた。
「自分で同じように焼いてみてもうまく行かないことも多く、じゃあなんでこの人たちはうまく行くんだろう?そう考えて調べて行くうちに、豆のチョイスなどから、ロースターのコンセプトや特徴もわかるようになって来たんです」と丹澤さんは言う。特に感銘を受けたのが、地方都市のロースターで、その地方に合わせた焙煎をしているコーヒーに出会った時だ。「そのコンセプトが現れるような、色が出ているものを作れる人は本当にすごい、と思いました。まるでその先にいるお客さんが見えるような。豆の買い方も含めて、農家のことも真剣に考えながら、お客さんありきの焙煎ができている。そんなロースターさんはすごく尊敬しています」と、丹澤さんは目を輝かせる。
基本のスタンスは、「人と人」。スペシャルティーコーヒーの持つ壁を壊していきたい
「お客さんを区切りたくない、と言うのが昔からある気持ちです。わかる人にだけわかって欲しい、なんて思わないし、むしろなんとかしてその壁を砕けないかと模索してきました。地元で生活している人たちが、僕たちのコーヒーや会話を好きだと思ってくださるのがまず一番にあって、その中でいいものを出していられれば続いていく、という考え方です。周辺に住んでいる方々が、日常生活の中で、好きで寄ってくれる。それが一番です。日本一のコーヒーだろうが、関係ない。それは自分たちがバッチリやっていればいいことだと思っています。コーヒーのプロフェッショナルとして最前線でやっていても、店に立ったら人と人。コーヒーの話をしなくても、楽しい時間を過ごしてもらえれば」そうAKITO COFFEEの姿勢を説明する丹澤さん。
この仕事を始めたのも、人と出会い、関わる事が大好きだったから。そこから長い道のりの中で技術を身につけ、山梨を代表するロースターとなった今でも、その姿勢は変わらない。
スタッフやビジネス展開に対する考え方も同じだ。まずは身の丈にあっている事、自由である事。人がいて、初めてその結果、物事が動く。都内から山梨が好きで移住してきてくれた人、コーヒーをやりたい、と情熱を持って訪れてくれた人、焼き菓子ができる人、そんな人たちに出会えた結果、今のAKITO COFFEEの形が出来上がったのだ。「店の構想ありきではなく、こういう人がいて、縁があって、加わってくれた人たちが店の中でどうやって活躍できるか、それを考えて、目の前のことをこなしていたら結果的にこうなりました。こんな大きな焙煎機を買う日が来るなんて想定していなかったです」と丹澤さんは笑う。
そうやって、あくまでも「人と人」を大切にしてきたからこそ、誰もが気軽に立ち寄れ、好きなことを思い切り突き詰めて楽しめるような、自然体でいられる居心地の良さが店内外に溢れ、AKITO COFFEEの魅力になっているのだろう。
地方で挑戦することの強み
AKITO COFFEEでは、その時々の旬の果物など甲府の名産品を使用したスイーツメニューも揃う。山梨の自然の豊かさをたっぷり味わえると人気だ。甲府という地を選んだことで、どんな違いが生まれたのか。
地方でやって行くことの強みとは?と聞くと、「いいことしかない、悪いことなんて見つからないですよ」と丹澤さんは断言する。自然も豊かで、土地は広々とし、人間が生活する上で必要なものが揃っている山梨。この地で育ち、住んでいた頃には当たり前すぎて気がつかなかった環境の良さに、都会に出て初めて気がついたのだと言う。
「何に関しても都会の方がクオリティが良い、という風潮はまだ強いと思います。でも、この豊かな環境の中で、技術面やクオリティを磨き、全国クラス、世界クラスのことを実現できれば、どこも敵わないようなものを生み出せると考えています。それが地方への注目にもつながる。コーヒーは、カップをとれば実力がはっきり分かります。自分たちはまだ無名でも、カップをとってもらえれば絶対にそのクオリティがわかる、そう思って努力してきました」と丹澤さんは話す。
AKITO COFFEEの焙煎
強い意志と弛まぬ努力はしっかりと実を結び、山梨を代表するロースターに成長したAKITO COFFEE。大型焙煎機を導入した焙煎所、TANEのオープンもその成果だ。
そんな新たなチャプターの相棒にローリングを選んだのは、自分の求める味を的確に表現できるマシンだと感じたから。少量だけに操作も難しく、常に焙煎し続けなければ追いつかなかった従来の1kgと比べれば、結果の安定性も増し、時間にも余裕ができたのだと言う。現在では週に一回の焙煎日以外は店に立ち、現場ならではの新鮮なフィードバックをお客さんやスタッフ、そしてカップに落とし込む自らの手から得ている。
「コーヒーを選ぶ中で大切にしているのが、日常的であることです。グリーンを買う金額も、お客さんに買っていただく金額も、日常的であることが常に頭にある。トップクオリティの味わいも知っていますが、そこに固執した結果プロだけが美味しいと言って、お客さんは分からない、そんなものはいらないと思っています。だから一杯数千円のもの等は絶対に出しません。ただクオリティは数千円になるように。カップに届いた時に、やっぱり美味しいな、と思ってもらえる事を重視しています」と丹澤さん。
オープン当時に比べれば、スペシャルティーコーヒーへの理解も進んでいると丹澤さんは感じている。AKITO COFFEEでは、浅煎りのみ、などの決まりは設けておらず、それぞれの豆にあったローストを行なう。「豆に個性があり、それに合わせた焙煎を行う事で美味しい一杯に繋がる、その事を理解して飲んでくれる人が増えて来たのは間違いありません」そう丹澤さんは微笑んだ。
AKITO COFFEEのこれから
「今後、スペシャルティーだけを焼いていこうとは考えていません」と丹澤さんは話す。
上澄みだけを掬っていくのではなく、その下のレベルとされる生産物の質も総合的に引き上げて行くような仕組みを作り、いいところ取りに終わらない、農園との信頼関係を構築したいと考えているのだと言う。
「農園から、この人に焼いてほしい、と選ばれるぐらいのロースターになりたいんです。そうじゃなきゃ、みんな美味しい豆を使って美味しいコーヒーを焼いて、同じですよね。このレベルを争ってる時代は長くないと思っています。どうグリーンを買い付けて、どう農家さんに還元していけるかーここがまだ全然弱いなと感じています。」そう話す丹澤さんの眼差しは、人と出会い歩んで行く未来を、しっかりと見据えている。
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