次にご紹介する#クラスパートナーロースターは、奈良県にあるROKUMEI COFFEE。奈良ではまだ小規模なスペシャルティコーヒー文化を盛り上げている店主の井田さんは、1974年以来奈良の移り変わりを見守ってきた喫茶店の2代目として生まれた。奈良で長らく主流だった深煎り・ブレンドの良さを理解した上での柔軟な解釈に基づく焙煎と幅広い品揃えで、家庭にもスペシャルティコーヒーを根付かせることを目指し活躍している。ジャパン コーヒー ロースティング チャンピオンシップ (JCRC)では2018年に優勝を果たした実力派だ。
コーヒーとの歩み
大学生時代にアルバイトとして実家の喫茶店、ロココを手伝い始めた井田さん。接客から調理まで何でもこなし、家業を支えていたものの、当時は自分が将来店を継ぐのだという意識はなかった。しかし店を手伝うにつれ、次第にコーヒーに興味が湧いてきたという。雑誌などで目にした有名店を訪れ、時には遠方のカフェ目当てに旅行の計画を立て、セミナーにも参加するなど、次第にその熱は高まっていった。
会社の経営自体には興味があったという井田さんの心の中に、自分の店を持つという夢が芽生え始めたのもこの頃だ。卒業後そのままロココに入社という形を取り、2010年に大幅なリニューアルを経て自家焙煎をする事が決まったのがきっかけで、井田さんは焙煎の世界に足を踏み入れた。
井田さんが初めての焙煎機として選んだのはフジローヤルの3KG、半熱風式。もう使っていない今も店舗に置いてある、思い入れのあるマシンだ。当時セミナーも数多く開催していた富士珈機が一番相談をしやすく、マシンの使いやすさと手ごろな価格設定も決め手の一つだった。そうして焙煎に真剣に取り組むにつれ、更に高みを目指したいという気持ちが生まれる。「ロココは駅前にあるので、人の流れに助けられる部分もあります。でもそうではなくて、郊外で、わざわざ豆を買いに来てもらうような場所で挑戦したい、そう思うようになり、焙煎所にできる物件を探し始めました」と井田さんは振り返る。ROKUMEI COFFEE誕生まであと3年、2014年の出来事だ。
「自分の求める味」
焙煎スタイルは、神戸の自家焙煎珈琲店、樽珈屋で教えてもらった焙煎のイロハや、富士珈機で受けたトレーニングを基に組み立てた。教えてもらった通りにやれば、大きく失敗することもない。しかし、その先に進む事ができなかったと話す井田さん。更には、人々の感想や意見のひとつひとつを過度に気にするようになり、その影響を受け軸がぶれてしまったという。
その頃奈良の喫茶店はほとんどが小規模で、自家焙煎や、スペシャルティコーヒーを取り扱う所はまだ少なかった。自家焙煎を始めたばかりの頃のロココのコーヒーも、当時主流だった深煎り。しかし次第に同年代のロースターなどと関わることが増え、自主的に集まり勉強会を開催するなど互いの意見を交換するにつれ、ただ今まで通りにするわけではない、「自分たちが作りたいコーヒー」の本質が固まってきたと井田さんは話す。自分が大切にしているものがはっきりしてくるにつれ、焙煎も安定してきた。
2013年、縁があり出場したJCRCで決勝に残ったのをきっかけに、当初は3、4人で行っていた勉強会にもどんどん人が増え、大会に向けての勉強もするようになった。大会に出場した事で、他の人の考え方や新たな意見を知ることができたのは大きな収穫だ。カッピングスコアや評判の良さに自信もつき、自分の判断だけでなく客観的に評価されるという貴重な体験も経て、自分のコーヒーはもっと美味しくなるのでは、そんな予感がした、と井田さんは話す。2016年には3位に入賞し、2017年の店舗オープンを経て参加した2018年には見事優勝を果たした。大会での経験や審査員としての経験を通して、自分の求める味もより明確になっていったという。
ROKUMEI COFFEEのコーヒー
ROKUMEI COFFEEオープンから1年が経ち、豆の売上も増えてきた。家庭でもスペシャルティコーヒーを楽しんでもらいたい、そんな目標を掲げ、長期戦を覚悟で進んできたが、順調にスペシャルティコーヒーを好む人が増えてきていると感じている。
豆の売上が伸びるにつれ、焙煎機のキャパシティに限界を感じ、次に採用したのが現在使用しているローリングのスマートロースターだ。フレーバーの特徴が強く出せるプロバットやフジローヤルと比べると、優しい焼き上がりになるという。「ローリングの良さはクリーンさと、綺麗に味を作れる所です。操作性にも優れているし、豆売りを伸ばしていきたいと考えると、フレーバーのパンチよりも甘さや綺麗さを出せる焙煎機の方が、家庭でも飲んでもらえる豆にできるかな、自分たちが作っていきたいものが作れるんじゃないかな、と思いました」そう井田さんは説明する。
ワークショップを開催したり、深煎りに慣れ親しんでいる地元の人々のために深めに焙煎した豆も用意し、それを買ってもらいながら浅煎りの試飲を勧めたりするなど、スペシャルティコーヒーの紹介方法にも工夫を凝らしているROKUMEI COFFEE。「深煎りには深煎りの良さがありますが、すでに世の中にたくさんあるものを作るだけでは、自分たちのモチベーションにつながらない。焙煎している自分たちがおいしいと思うものをもっと広めたいんです。」そう話す井田さんは、深煎りを否定しているわけではなく、自分たちらしさや、自分たちだからできることの枠をしっかり保っておきたいと考えている。
豆の買い付けは主に商社を通しているが、去年からブラジル、コスタリカやニカラグアなどに自ら訪れ、現地で選んだものを商社を通して買うという方法を取り始めた。「こんな所で作ってるんや、というのをまず自分の目で見る事ができたのと、中米に行った時には環境の違いに衝撃を受けました。ニカラグアは今年の減産で農園の人が苦労している話なども聞かせていただいて、改めてコーヒーというのはすごく手がかかっているものなんだ、と思うにつれ、もっと日本の人にも飲んでもらいたい、無駄にしたらあかんな、と思いました」と井田さんは旅を振り返った。
「自分が飲むことによって、地球の裏側の農園の人々の役に立っている、と思って選んでもらうというか、そういう観点でもスペシャルティコーヒーを選んでもらえたら、と思っています」そう話す井田さんが丁寧に選んだコーヒー豆は、それにまつわる背景やストーリーも大きな魅力の一つだ。
ROKUMEI COFFEEのこれから
今年はCOE審査のオブザーバーとして初めてのエルサルバドル訪問も果たし、自分の目で見て選ぶ楽しさや、産地の人々との新たな出会いなど、自ら足を運ぶ事の大切さを改めて感じる機会もあった。自分の経営する農園にとどまらず、コミュニティや地域全体のコーヒーをより世界に広めたいという思いを持ち日本を訪れていた人々にも出会い、農家やコーヒー生産に関わる人々のストーリーを消費者にもっと伝えたい、そんな思いがより強まっているという。
日本でもスペシャルティコーヒーへの関心は非常に高まっている。しかし生産地や農園に関する踏み込んだ情報となると、興味を持つ人はまだ少ない。自分が大切だと感じている事が収益につながらない時、ビジネスのバランスのとり方の難しさを感じる、そう井田さんは話す。「バリスタの待遇も上げたい。今後社会が人手不足に陥っていく中で、バリスタが職業として選ばれるにはやっぱりある程度の給与も必要です。ありがたいことに、産地についての情報発信などの活動にはスタッフも皆共感してくれています。けれど収益との問題を考えるとなかなか難しいのが現状。利益のために人通りの多い場所ばかりに店を出すことも考えられますが、それだからお客様が来るというのも、スタッフのモチベーションにつながるかと言うとまた違う問題です。」
今後は奈良市内で店舗を増やしていき、それぞれの店舗を豆販売専門、コーヒースタンドなど立地に合わせて展開していこうと考えている。地域人口がどんどん減っている事を考慮すれば、通販への対応や海外展開も必至だ。多くの地方都市に共通するであろう問題は、個人の力だけでは何ともならない要素も多い。そんな中、理念を失わず力強く成長しているROKUMEI COFFEEは、ビジネスモデル・技術等今後様々な形で成熟・発展していくであろう日本のスペシャルティコーヒー界にとって欠かせないロールモデルとして、頼もしい姿を見せ続けてくれるに違いない。
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