Kurasuが次にご紹介するロースターは、大阪・心斎橋のLiLo Coffee Roasters。
心斎橋といえば、エリアによって様々に印象が変わる場所、そして、常に変化を続けている場所として、活気ある大阪の中でも特に注目を集めている。
LiLo Coffee Roastersが位置するのは、そんな心斎橋エリアの中でも若者の街として知られているアメリカ村。70年代にアメリカ西海岸からの輸入雑貨や古着販売などをはじめとし、若者文化や新しいトレンドが生まれる場として、「アメ村」の愛称で多くの人々に愛されるエリアだ。
LiLo Coffee Roastersがオープンしたのは、3年前の8月8日。はじまりは、同じビルの3階に店を構えるオーナーの堀田さんが経営する美容室だった。
オープンまで、そしてそれから
元々コーヒー好きだった堀田さん。経営する美容室にバーカウンターを設け、接客時に自分で淹れたコーヒーを出すほどのこだわりぶりだった。しかし仕入れ元の焙煎がやや安定しないという悩みがあった。もっと美味しいコーヒーを出したい、できれば自家焙煎で&mdash堀田さんがそんな想いを抱いていた時、ビルの1階の店舗スペースに数度目の空きが出る。何か長くできる商売をやってくれないか、と、ビルのオーナーからテナント全員に話が持ち掛けられた。
オープンして10年、美容室の窓からいつも見守ってきたアメリカ村。堀田さんには、自分が商売を育ててきたこの場所に恩返しがしたい、アメリカ村をもっと元気にしたいという思いがあった。そこで思い浮かんだのが、高校の同級生である中村さん。現在LiLo Coffee Roastersで活躍する焙煎士だ。コーヒー好きの彼となら、きっとできる。そんな確信が心に生まれ、堀田さんはテナント募集に手を挙げた。
堀田さんがLiLo Coffee Roastersをオープンするにあたりこだわったのが、自家焙煎であることだ。1㎏の焙煎機を入れ、準備を進めた。
店を任されることになった中村さんは普段から手網で焙煎などもたしなみ、焙煎に対しての多少の心構えはあった。しかし実際に業務用の焙煎機を使ったり、商品として焙煎を行うのは初めて。開店の話が決まってからオープンまでは3か月と圧倒的に時間が足りない中オープンさせた店はまだ未完成だった。
人目に付く立地で、店の見せ方も目を引くものだったこともあり、人が多く集まった。
なんとか6種類の豆を揃えてはいたものの、様子を見に訪れたコーヒー業界の人にひどくけなされたこともあった。
てんやわんやの状況を一人で乗り切らなければいけなかった中村さんだが、前職までのサービス業などでの豊富な経験を活かし見事な踏ん張りを見せた。コツコツと営業を続け、だんだんと客もつくようになった。3年目の今、スタッフは3人に増え、来店者数はオープン時の3倍。散々けなしたあの人も、今ではすっかり常連だ。
LiLo Coffee Roastersの進化の過程をたどるには、彼らが毎年掲げてきたテーマを紐解いていくのがよいだろう。
1年目のテーマは、”Life is short. Surround yourself with good people and only drink good coffee.” 「ええ仲間と美味しいコーヒーがあれば、人生はきっと楽しいはず」。
中村さんらしく明るく前向きなテーマだが、前述の通り1年目は中村さん一人、休みもなく手探りで進む厳しい時が続いた。ビルの倉庫に生豆と共に寝泊まりし、半年やってダメならやめようと思っていたが、次第に焙煎量も増え、バリスタの仲間も一人加わった。
2年目のテーマは「人生瞬間」。一度きりの人生、やりたいと思ったことは思い切りやろうというテーマだ。この年には豆売りをさらに伸ばすべく、オンライン販売を始めた。
そして3年目のテーマは”Life is colorful”。中村さんが積極的に外に出ていくようになったのもこの年だ。同じビルの9階にオープンしたLiLoCoffeeLabでワークショップやカッピングを行ったり、どんどん外部のセミナーにも参加するようになった。一人で全てを抱え込んでいた1年目とはもう違い、店を誰かに任せて外に出る、ということを徐々にできるようになってきている。
中村さんと焙煎
オープンから今まで、中村さんの焙煎技術を伸ばしてきたのは主に二つ。ピーク時には1日60バッチにもなった大量の焙煎をこなしたことと、できる限り聞いてはすり合わせを行ったお客様の声だ。
生豆のインポーターはワタルコーヒーを選択。ここならば安心して頼める、自分は何も心配せずに焙煎に徹することができる、そう感じた。
中村さんが生豆を選ぶ時のポイントは、ファーストインパクトがあること。中村さん自身のコーヒーへの見方が決定的に変わったのが、6年ほど前、地元の喫茶店でUnirの豆を使ったスペシャルティコーヒーを飲んだ時だ。一口目に感じた圧倒的な香りに、今までのコーヒーと全然違う!と衝撃を受けた。
スペシャルティコーヒーにおいて主に評価されがちなのが、「クリーン」なカップが作れるということ。しかしLiLo Coffee Roastersがそれよりも重きを置いているのは、お客さんに「なんだこれ!」という体験をしてもらうことだ。印象が強く、分かりやすい豆は同時に好き嫌いも分かれやすいため、様々な好みに対応できるよう、あれもこれもと取り揃えるうちに、現在の19種類のラインナップに落ち着いたという。
焙煎も、それら個性的な豆たちの魅力を最大限に表現することを心がけている。使用しているのはラッキーコーヒーロースターの直火ガス式8㎏。現在、月あたりの平均的な焙煎量は300-500kg。「今使っている焙煎機だと限界は1tだと思うんですが、それぐらいやってみたいです」と中村さんは笑った。
実際に焙煎を始めるまで中村さんがロースターに抱いていたイメージは、職人気質、黙々と続ける作業の技術は門外不出といった厳しく無口なものだった。華やかなイメージがあり、人気がある職業であるバリスタに比べ、日本ではロースターに憧れる人はまだまだ少ない。
中村さんはそんなイメージをくつがえそうと、フランクな接客を心がけている。しかし同時に、コーヒーについての知識は誰よりも持っているというような、魅力あるロースターを目指しているのだ。
「コーヒー豆にとってロースターの存在ってとても重要。なのにバリスタに比べて存在感が圧倒的にないのはひとえにロースターの責任だと思います」と中村さんは言う。
焙煎をしている所をもっとオープンに見せていくことで世間にもっとロースターについて知ってもらうことと、後輩育成にも積極的に取り組んでいきたいと考えている。
接客
LiLo Coffee Roastersの店舗に足を踏み入れてまず感じるのは、その空間のコンパクトさ、そしてバリスタとの距離の近さだろう。カウンター横の棚に天井まで届くほどに並べられたコーヒー豆の瓶、本日のおすすめやフレーバーチャート、オリジナルグッズなど、限られたスペースに詰め込まれているものがそれぞれに自然と会話を生み出す。
19種類も選択肢があれば迷ってしまいそうなものだが、そこで活躍するのが精鋭ぞろいのバリスタだ。彼らは毎日自分のおすすめを決め、Googleカレンダー上で共有している。おすすめを決めるためにはその日の気候、気温、季節などを考慮する。例えば寒くなってきたなと思えばコクや甘味を求めて来店する人が多い、夏は焙煎の浅めのもの、など。
それぞれのバリスタがおすすめとして接客に1本の柱を決めておくことで、あとは訪れた人との会話から、その人の雰囲気や趣味などをくみ取って、その人に合ったものをすすめる。
豆の説明に役立つのが手のひらサイズのカード。カードの表面には豆の名前、生産国とそのフレーバーを表す食べ物の色とりどりのイラストが、裏面にはフレーバーノート、おすすめの抽出器具などが載っている。ぱっと見てすぐに味の雰囲気が伝わりやすく、説明もスムーズになるのだ。
豆が決まれば、次は抽出器具の選択だ。ペーパーフィルター、ステンレスフィルター、フレンチプレスやコールドブリューなど、それぞれの特徴を説明しながら求められている味わいを実現できる器具を一緒に選んでいく。
ここまで徹底してお客様に寄り添う形の接客が可能なのは、深い知識を持つ少人数が密な情報共有を行い日々店頭に立っているからこそだ。スタッフを増やしたい気持ちはあるが、接客のクオリティを考えるとなかなか難しいのだという。
豆のカードの他にも、Tシャツ、マグカップをはじめ、うちわ、ステンレスマグなどグッズの多さも特徴的なLiLo Coffee Roasters。デザインを担当するのは専属デザイナーのヨシ中谷さん。経営は堀田さん、焙煎と接客は中村さん、そしてデザインは中谷さんと、それぞれの持ち場を専門家がしっかりと引き受ける体制が、LiLo Coffee Roastersの強みだ。
お話を伺っている時に、店舗の電話が鳴った。3階の美容院からの注文だ。オープン当時、まだ認知度が低かった頃はこのようにして美容室で少しずつ名前を知ってもらい、その口コミに助けられたという。美容室で、新鮮で美味しいコーヒーを出したい、そんなオーナーの夢は、しっかり叶っていた。
大阪とコーヒーカルチャー
コーヒー文化の文脈で大阪を語るのは実は難しい。
元々あった喫茶文化がまだ根強く残るが、大阪の人々は同時に新しく個性的なものを好む傾向にある。その結果、新しいものが入ってきた時に反応が極端に分かれるというのだ。いいと思ったものは積極的に取り入れる一方、少しでも違うと思ったら拒絶反応も激しい。
また、値段にシビアなお客様が大阪には多いのだと中村さんは話す。
ただ何でも安いものを求めるというわけではない。商いの街である大阪には、安いものはたくさんある。払う値段なりの対価に対する感覚がしっかりと見極められるのだ。カフェの常連の人で、普段はコンビニの100円コーヒーを飲むという人もいる。しかし550円を払ってコーヒーを飲みに来るときは、美味しいコーヒーに加えてスタッフとの会話や空間も楽しみに来ているというのだ。
巷には、雰囲気やブランド重視で言われるがままに設定された金額を支払う消費者や、そういった商売も多い。しかし大阪では、それは通用しない。
シビアな消費者にスペシャルティコーヒーの存在を理解、納得してもらうハードルに加え、現在大阪のスペシャルティコーヒー業界にはコミュニティーをまとめるような存在が欠けていると中村さんは指摘する。経営側も個の主張が強く、共に手を取り合う、セミナーで集まるなどということが起こりにくいのだという。福岡のように、コミュニティーが結束すれば強くなる。しかし中村さんは、大阪は大阪のやり方で、しかし斜に構えずもっと柔らかく、お互いを高めていけると信じている。
先日無印良品でのイベント開催時には、まだまだ低い認知度を思い知らされるなど、くやしい出来事もあった。しかしそれもまた、ポテンシャル。ワークショップ開催などで次につなげていこうと考えている。エアロプレス専用のステンレスフィルターも発売を開始した。既存の目の細かいもの、荒いものの間を取った、安定した抽出が行えるフィルターだ。世界大会もあり、日本からも優勝者が出ていながらまだまだ知られていないエアロプレスにも、そのポテンシャルに響きあうものを感じている。
「人の面白さ、あったかみがのせられるのは大阪の強み。大阪はまだまだ頑張らないと」と中村さんは言う。4年目のテーマは”This is Osaka”ーこの美しく混沌とした人情の街、大阪のコーヒーカルチャーを力強くアピールすべく、身近に輝く可能性に目をつけ、次々と行動していく。中村さんの歩みはまだまだ止まらない。
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