今月ご紹介する#クラスパートナーロースターは、兵庫県・神戸に店を構える明暮焙煎所。
いつも家族連れで賑わい、地元の人々に愛される焙煎所兼カフェは、今年でオープン3年目。店主の田村さんに、これまでの道のりと、これからのお話を伺った。
明暮焙煎所ができるまで
元々は舞台役者としてキャリアを積んでいたという田村さん。学生時代から、何かを表現するという行為に魅せられ、役者の道に進むことを決めた。上京し、事務所に所属しながら養成所に通った。「台本の読み込みや打ち合わせなど、とにかく読み物がすごく多いんです。それで毎日のようにカフェを使っていました」と田村さんは振り返る。初めは大手チェーンに通っていたが、次第にあまりの人の多さと、忙しない空気に心が休まらない事に気がついたという。自らと向き合い続ける役者という仕事と、その道を進んでいるがための不安、そしてストレス。田村さんの足は、自然と個人経営の喫茶店へと向かうようになった。落ち着いた、静かな空間で迎えてくれるマスター。丁寧に淹れてもらった一杯を、じっくり味わいながら会話に癒される場所。そこにはどこか、芝居を作り上げる姿勢、劇場という空間に世界を形成する技術に通じるものがあった。
30才を迎え、ライフステージの変化も視野に入れ始めた頃、表現する場が誰にでも平等に与えられているわけではない、という事実について改めて考えたという田村さん。しかし、その場というのは演劇だけとは限らない。人が表現し、作り上げる空間には、もっと色々なものがある。夢を追う日々、疲れていたり、落ち込んでいたり、作業に没頭したい日だったり、そんな色々なものを抱えて訪れても、全て受け止めてくれた場所。そんな場と、それを作っている人が、癒しをくれて、コーヒーを美味しくしてくれた。そういうものを自分で作ってみたい-そうして田村さんが選んだ新しい舞台が、カフェという空間だったのだ。
恩師たちとの出会い
神戸に戻り、カフェをオープンすると決めてからは、ひたすらに勉強の日々が続いた。一から自分の手で表現したいという思いから、焙煎も全て自分で行うと決めていた。それだけに、学ぶべき事は多かった。
飲めば焙煎した人の人柄まで分かるような、そんなコーヒーを作りたい。それが実現できると教えてくれたのが、みなと元町のヴォイスオブコーヒーとの出会いだったという。
「イエメンのコーヒーを飲んだらそれがとっても甘くて、人柄が思いきり出ているような味で。すごくオープンマインドな、自分が持ってるものは全部教えるという方で、すごくお世話になりました」と田村さんは話す。富士珈機のセミナーに通いつめ、そこで焼いたものを持ち込んではカッピングをしてもらい、自宅に帰れば鍋を使って爆ぜの様子を研究した。
その後、ハーバーランドで開催されたイベント「コーヒーと映画」で、田村さんはもう一人の恩師に出会う。生豆・焙煎豆の販売から機器の販売、セミナーまで幅広く手がけるマツモトコーヒーの松本氏だ。生豆の仕入れ先を探していた所へ訪れた出会いで、コーヒー生産・消費の過程における、人を大切にする姿勢も共通するものがある。田村さんは早速相談に訪れた。それ以来松本氏は、焙煎やカッピングなど、大切な技術を惜しみなく教えてくれる師匠のような存在だ。
形を変えて紡がれる田村さんのストーリー
それから4年ほど働きながらコツコツと資金を貯め、ついに明暮焙煎所はオープンの日を迎える。「準備期間はひたすら勉強、でしたが、スペシャルティコーヒーがとにかくおもしろかった。特に、それぞれの豆に生きたストーリーがある所が好きですね。マツモトコーヒーは産地から直接生豆の買い付けをするので、生の声を拾ってきたものに触れられるんです。コーヒーを理解し、焙煎する際のストーリーの必要性って、芝居をやっていた時の考え方と同じで。どう台詞を読むか、というだけではない、自分で納得しているからこそ出てくるものには、ストーリーが必要なんです。それを理解した上で焙煎するのが大切だと考えています」と田村さんは話す。
「自分にしかできないコーヒーって何だろう?と考えた時に、コーヒーの存在感がまだない場所でやりたいと思いました。一から、コーヒーの魅力を知ってもらいたい。そんなコンセプトで、明かりを灯す、暮らしの中に入っていくコーヒーを作る。そういう意味を込めて、この名前をつけました」そう説明する田村さん。
今では親子連れが多く訪れ、時には3世代の家族が訪れるという明暮焙煎所。地元の暮らしにしっかりと馴染んだ店に成長した。3年の時の流れの中で、来てくれる子供達も大きくなった。ここで店を続けるという事には、ただビジネスを続けていくだけではない、人と人との濃密な時間を積み重ねていく事なのだ、そう実感している。
明暮焙煎所のコーヒー
明暮焙煎所では、ブレンドが5種類とシングルオリジンが7種類の合計12種類からコーヒーを選ぶことができる。ブレンドはそれぞれ、田村さんがフレーバーや時間帯をイメージして作り、名前をつけている。
「中煎りとして売っているのは、他に比べれば浅煎りに近いと思います。町の流れに合わせていきながら、浅煎りをもっと増やしたいですね。目指しているのは、浅い所から深い所まで幅広く、でもとにかく優しいコーヒー。バン!と派手な感じではなく、毎日に馴染むような味。浅煎りを買いに来てくださるのは若い方が多く、全体では中深煎りや深煎りがよく売れます。酸っぱいものはちょっと、というのがまだ根強いですね。ですが、最近は浅煎りに興味を持ってくださる方も増えて、確実に流れは変わって来ているな、と感じています」そう田村さんは説明する。
焙煎機はフジローヤルの半熱風式。無理なカロリーを与えず、とにかく優しく仕上げるのが田村さんの焙煎のポイントだ。操作も最小限に抑え、豆に無理のないように味わいを引き出しているという。「これからも他のロースターさんから学び続けて、幅広く消化して勉強していきたいです」と、意欲を見せた。
これからの歩み
今後はイベントなどにも時折参加しながら、あくまでも自分たちの町の暮らしのリズムを大切にしていきたいと言う田村さん。「同じ場所で続けていると、その限られた中で正解を見つけようとして、どんどん頭が固くなっていく怖さがある。そういう時にイベントに出ると、気付かされることがすごく多かったりするんです。自分たちの表現をもっとしていく場として、イベントに出ていくのもいいかも、と思っています」と話す。
産地を見にいきたいという思いも強くなる一方だ。文字だけでは伝えられない、目で見て、体で感じた匂いを町の皆に共有したい。そんな想いがある。明暮焙煎所で飲むコーヒーが、初めてのスペシャルティコーヒーだという人も少なくない町で、人々のリズムに合ったコーヒーの飲み方、伝え方をこれからも模索していく。セミナーなど、やりたい事も山積みだと目を輝かせる田村さん。これからも明暮焙煎所は、日常の中の特別な時間を等身大で楽しめる、そんな場を人々に提供していく事だろう。
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